第七話 新たな暗殺武術
岡崎洋介と坂本龍太郎は新たな暗殺武術を復活させるために貸し切った剣道の道場にいた。竹刀をお互い持って構えている。しかしそこへ居てはいけない人物がいた。次の対戦相手である死のフラメンコダンサー オリビア・デル・リオだ。対戦相手の目の前で、その相手を倒すべき暗殺奥義を復活させなくてはいけない。全ては伊藤美香とオリビアの友情の公式認定のスパイ活動のせいだった。
静寂に包まれた道場の床に、月明かりが淡く差し込んでいる。
その光に照らされる影が、ゆらゆらと揺れていた。
オリビアは、正座をして真剣なまなざしで二人の男を見つめている。
岡崎洋介と坂本龍太郎の彼らは、歴史の闇に失われた暗殺武術の奥義【浮遊影 走り抜き斬り】を復活させるため、幾度となく模擬戦を重ねていた。
「……もう一度だ。」
岡崎は息を整え、竹刀を握り直す。
「おう、何度でも付き合うぜ。」
坂本も竹刀を構え直し、眼光を鋭くする。
『浮遊影 走り抜き斬り』
それは影を読む暗殺武術。相手の影を追い、走り抜く瞬間に抜刀し、相討ち覚悟で一閃を抜き打ちで放つ。
だが、何度やっても決まらない。
「クソッ……相手の影と一体になれない……!」
岡崎は焦っていた。ほんの一瞬のズレが、技の成否を左右する。影がぶれる。走る軌道がずれる。抜刀のタイミングが狂う。
「……違う、まだ影と一体になれていない。」
岡崎洋介の動きはすでに常人を超えていたが、この技の本質はただの速さではない。
相手の影と溶け込み、まるで存在そのものを消し去るかのように、走り抜けること。
影の中に己を沈め、そして、一瞬にして抜刀し、斬る。
その境地に至らなければ、この技は完成しない。
「ワタシが相手をしましょうか?」
静かに響くオリビアの声に、岡崎と坂本が驚いたように振り向いた。
「なっ……!?」
試合相手が、奥義の完成を手伝うなど、前代未聞だ。
しかし、彼女の瞳は本気だった。
「……いいだろう。」
岡田以蔵となった岡崎は深く息を吸い込み、構えた。
オリビアの殺気が、道場全体を包み込む。
その場にいるだけで、戦場の血の匂いがするようだった。
これは、試合ではない。
これは、ころ仕合いだ。
岡崎は深く腰を落とし、オリビアの影を見つめる。
彼女の影は、まるで意思を持つかのように揺らぎ、こちらに忍び寄るようだった。
(影と一体になる……いや、溶け込むんだ……!)
岡崎の呼吸が、静かに落ち着いていく。
意識を研ぎ澄ませる。
オリビアの影が微かに動くその瞬間、岡田以蔵の身体がふっと宙に浮いたように感じられた。
(今だ……!)
その刹那、岡崎は影と一体化し、音もなく駆け抜けた。
── シュバッ!!
オリビアの影を突き抜けるように、岡崎の刃が閃く。
オリビアの髪がふわりと揺れた。
彼女は動かなかった。
否、動くことすらできなかった。
岡崎は彼女の背後に立っていた。
「……やっと完成したな。」
坂本龍太郎が静かに言った。
岡崎は竹刀を納めると、ふぅっと息を吐いた。
歴史の闇に消えた暗殺武術が、今、蘇った。
オリビアは静かに微笑み、呟いた。
「奥義は完成される運命にあった。それがあなたのディスティニー(宿命)」
地下格闘技場(非合法なヤクザの大会)は、準決勝 第二試合の一回戦と二回戦が明日、開催をされる。
【浮遊影 走り抜き斬り】(ふゆうえい はしりぬきぎり)
浮遊影 走り抜き斬りは、相手の影に溶け込むことで自身の存在を限りなく薄くし、敵に気取られることなく接近し、一瞬の抜刀で相手を仕留める暗殺武術の奥義である。
影との一体化
この技の最大の特徴は、相手の影と同化するかのように自らの気配を消すことにある。影は相手とともに動くため、敵は自分の影の中に潜む危険を意識しない。そこに溶け込むことで、攻撃の起点を悟られることなく接近し、刃を振るうことが可能となる。
熟練者がこの技を使うと、まるで影そのものが走り抜け、次の瞬間には敵の身体に斬撃が走る。その間、斬撃を受けた者は何が起こったのかすら理解できず、気づいた時にはすでに命を奪われている。
技の流れ
①影の境地
相手の影を捉え、まるでその一部であるかのように気配を消す。
②影とともに駆ける
影に同化したまま音もなく移動し、相手の意識の外側へと忍び寄る。
③抜刀即斬
影から分かれる一瞬の動きとともに、刃を抜き放ち、敵を一刀のもとに斬る。
影に溶け込むためには、自身の呼吸を整え、動きに無駄をなくし、まるで影の一部であるかのように行動する必要がある。また視覚ではなく、相手の気配と影の流れを捉え、それに完全に寄り添うことで、気配を断つことができる。この技が成功したとき、相手は「影が走り抜けた」と錯覚し、次の瞬間には斬られていることすら気づかない。暗殺武術を極めた者のみが到達できる、暗殺剣の極致である。




