第三話 京都の夜
坂本組の漆黒のベンツが静かに京都の夜の夜景の光を滑るように進んでいた。岡崎洋介は後部座席に深く腰掛け、スマホの画面を見つめながらため息をつく。画面には坂本龍太郎から送られた旅館の予約詳細が映っていた。格式高い京都の老舗旅館、しかも個室の露天風呂付き。そのうえ、龍太郎から手渡されたコンドームがジャケットのポケットにずっしりと重みを感じさせる。
「なんちゃあ計画的にな。洋介、楽しんじょけよ。」
坂本龍太郎の土佐弁が脳裏に響く。
「バカ言うなよ……。」
洋介はぼそっと呟きながら、スマホをポケットにしまい、目を閉じた。けれど、心の中では何とも言えないざわつきを感じていた。美香とは幼馴染だ。家族ぐるみで旅行をすることはあったが、二人きりで外泊するのは初めてだった。
京都駅に到着すると、すぐに美香の姿が目に入った。が、次の瞬間、洋介は一歩後ずさった。
「洋介!!酷いじゃない!!」
怒りのオーラを全開にした美香が、仁王立ちで待ち構えていた。手にはスマホ。画面には大量の不在着信の履歴。
「朝からずっと電話してたんだよ! なんで電話に出てくれないの!」
「いや、ちょっと……大会に出ててさ。スマホを預けないといけない場所にいて、電話に出れなかったんだよ。」
「はぁ!? それなら事前に連絡しといてよ! おばさん(洋介の母)から、早く洋介を連れ戻してって頼まれてるんだからね!」
「すまない、美香……。でも、第一試合に勝っちまってさ、次の対戦が決まったから、終わるまで帰れないんだ。」
「えぇーっ!? そんなの聞いてないよ! どうするの、おばさんが泣きながら『美香ちゃん、お願いだから洋介を連れ戻して! 私の言うことを洋介は聞いてくれないの!』って頼んできたのに!」
「……マジかよ。」
洋介は頭を抱えた。しかし、美香はそのままスマホを取り出し、洋介の母親に電話をかける。
「おばさん、私、美香です。はい……はい、大丈夫です。私が洋介のそばにいますから。ええ、ちゃんと見張りますから! はい、安心してください!」
洋介の母の泣き声が聞こえてきそうなほどの必死の説得だった。そして数分後、美香は満足げに頷いた。
「よし、許可もらった!」
「……ありがとうな。」
「本当にもう……。で、洋介、宿泊先のホテルとかは?」
「あぁ、一応な。坂本が旅館を予約してくれた。」
スマホを開き、旅館のホームページを見せると、美香の目が見開かれた。
「えっ!? これ……めっちゃ高級旅館じゃん! しかも個室の露天風呂までついてるの!? なんでそんな豪華なところに!?」
「さあな、坂本の家は金持ちだからな。」
美香は少し考え込んだあと、おずおずと口を開いた。
「ねぇ、私、急に京都に来たから、泊まる場所がないんだよね……。洋介の泊まる旅館へ、一緒に泊まってもいい?」
その瞬間、洋介の頭の中に龍太郎の顔が浮かぶ。
「なんちゃあ計画的にな。洋介、楽しんじょけよ。」
ポケットの中のコンドームが、ずっしりとした存在感を放つ。
「……そうだな。一緒に行こう、美香。」
言葉とは裏腹に、洋介の心臓はドクンと跳ねた。
「じゃあ、行こ!」
美香が笑顔を見せ、洋介の腕を引っ張る。
地下闘技場の闘いの興奮が冷めやらぬ中、二人は京都の高級旅館へと向かうのだった。




