第一試合 二回戦(中)
老人は笑みを浮かべた。そして、とどめの左の毒手を刺すために倒れかけている岡崎洋介へ全速力で走りだした。
「わしの勝ちじゃあああああ!!!!」
盲目の毒手使いは倒れかけている岡崎洋介の腹を毒手で刺しぬいた。
毒手に血が滲むそして鎖鎌をもつ岡崎洋介は
口から大量の血を吐いた。
うっすら見える左目から鎖鎌をもつ岡崎洋介の身体が仰向けに後方に沈み込むのを見た。
勝利に歓喜した老人は今までの自分の人生を走馬灯のように思いだしていた。
___________________________
盲目の老人の本当の名前は鈴木修は、かつて誰もが羨む美男子だった。
その甘いマスクと流暢な話術で、彼は幾千もの女性を魅了し、次々と金を巻き上げていった。
飛行機のパイロット、豪華客船の船長、警察の警視総監
彼はあらゆる職業になりすまし、完璧に演じ続けた。
「私の夢は、君と一緒に世界を旅することだよ。」
「君だけを一生愛する。」
「この家も、この車も、君と一緒に住むために買ったんだ。」
その言葉に女性たちは酔いしれ、彼のために惜しみなく金を差し出した。
結婚を夢見た彼女たちは、鈴木に財産を貢ぎ、尽くし、身を捧げた。
だがその中に、一人だけ特別な女がいた。
ヤクザの娘だった。
「おい、おんどりゃあ!」
ある夜、鈴木は黒塗りの車に押し込まれ、どこかの事務所へと連れ込まれた。
そこには、ヤクザの幹部が座っていた。
鋭い目つきの男が葉巻をくわえ、ゆっくりと鈴木を見つめる。
「おんどりゃ、うちの娘に手ぇ出して、どうオトシマエつけるつもりじゃ?」
鈴木は額に汗をにじませながら、平静を装った。
「お金なら…返します……。」
幹部は無言で葉巻の煙を吐いた。
「金だけで済む思とんのか?」
「……。」
「娘を見てみいや。」
奥から、一人の女が現れた。
鈴木は、その顔を見た瞬間、言葉を失った。
その女は、驚くほどのブサイクだった。
左右の目のバランスが崩れ、鼻は曲がり、厚ぼったい唇が不自然に突き出ている。
肌はボコボコと荒れ、まるで生まれたばかりの怪物のようだった。
「どうや、ワシの自慢の娘や。かわいいやろ?」
幹部がニヤリと笑う。
「さぁて、おんどりゃ、うちの娘を愛しとるか?」
鈴木は必死に表情を作りながら答えた。
「……はい。」
「ほぉ。」
幹部の目が細まる。
「ほな、ワシの娘、美人や思うか?」
鈴木は喉を鳴らした。
「はい、美人だと思います。」
だが
ドン!!
次の瞬間、幹部の拳が鈴木の顔面を打ち抜いた。
「おんどりゃ、嘘つきじゃのう!!」
鈴木は床に転がり、鼻から血を流した。
「ワシの娘が美人? ほうかほうか…ほな、もっとイケメンにしてやるわ。」
幹部はニヤリと笑いながら、懐からナイフを取り出した。
「嘘つきが!!この目、二度とウソつかれへんようにしたるわ。」
そして
ズブリッ!!
鈴木の右目に鋭い刃が突き立てられた。
「ぐあああああっ!!!」
鈴木は絶叫し、のたうち回る。
血が床に広がり、幹部たちは嘲笑を浮かべながら見下ろしていた。
「さぁて…お前みたいなゴミは、ゴミ捨て場がお似合いやろ。」
幹部が指を鳴らすと、手下たちが鈴木の体を抱え上げた。
真夜中の路地裏。
腐敗臭の漂うゴミ捨て場に、鈴木の体は無造作に投げ捨てられた。
「あっはっは! イケメン詐欺師さんよぉ、ええ勉強になったやろ?」
幹部たちが去った後、鈴木はゴミの山の中で呻いた。
目が…見えない。
いや、ぼんやりとした光が左目に映る。
「くそっ……。」
体中が痛む。傷口から血が流れ、ハエがたかってくる。
「こんな……こんなことで終わるかよ……。」
その瞬間、鈴木の脳裏に走馬灯のように過去が駆け巡った。
騙した女たちの涙、金に埋もれた日々、甘い言葉をささやきながらも心の奥で笑っていた自分
そして、今、ゴミのように捨てられた現実。
それでも、俺は生きている。
そのとき、鈴木の手の中に何か固い感触を覚えた。
それは
毒手の術を伝える、ある男の名刺だった。
「……毒手……。」
毒手を極めた者は、どんな強敵でも屠れるという。
己の体を毒で満たし、触れるものすべてを死に至らしめる禁断の技。
もう、これしかない。
鈴木は朦朧とした意識の中で、その名刺を握りしめた。
___________________________
岡崎洋介の鎖鎌が地面に転がる。
その主である岡崎は、ピクリとも動かない。
老人の毒手が、確実に彼の命を奪っていた。
勝った。
盲目の老人は、勝利の余韻に浸ることなく、静かに立ち尽くしていた。
だが、奇妙だった。
歓声がない。
喝采がない。 なぜだ?
誰も老人を称えていない。
観客たちは沈黙し、ただ鈴木を恐怖の眼差しで見つめていた。
勝者は、称賛されるべきではないのか?
不安が胸を締め付ける。
そのとき
見えないはずの右目に、影が映った。
ぞわりと背筋を走る悪寒。
暗闇の中、ぼんやりとした人影が揺らめく。
「……誰だ?」
老人は反射的に構えた。
暗殺武術 鼓膜破壊!
老人の両耳に圧縮された空気が流れ込む
──ゴォッ!!
そして両耳に、強烈な圧が叩きつけられた。
「……ッ!!」
悲鳴すら出せない。
これは…!?
思考が追いつく前に、世界が静寂に沈んだ。
聞こえない。
何も聞こえない。
「………」
老人の両耳の鼓膜が、破れたのだ。
岡田以蔵が老人の両耳を塞いだ手をどかす。
「これよりは、生まれ変わった岡田以蔵が、嘘つきのお前に天誅を下す。」
岡田以蔵の叫びが地下闘技場に響きわたった。




