第十一話 新たな暗殺武術奥義
【両肩倒立反動地獄投げ】
この奥義は巨大な体格と体重の相手を投げ飛ばすために開発された技である。体操選手のように相手の両肩に倒立、相手がとらえようとした瞬間に両腕をつかまえて両足を後方に倒して相手の背中にかかと落としをする。そして背中を蹴り上げ背中を海老ぞりのように反らしたあと、後方に投げ飛ばし相手の頭上を地面にたたきつける危険な技である。
技の流れとポイント
①相手の両肩に倒立する
まず、技を仕掛ける者は相手の両肩に倒立します。この動きは、体操選手のような柔軟性とバランス感覚が要求されます。倒立することで、相手の体勢やバランスを崩し、次の動作に備えます。
②相手の両腕をつかむ
相手がこちらを捉えようとして両腕を伸ばすタイミングで、その腕をつかみます。この瞬間、相手の攻撃や反撃を防ぐ役割を果たします。
③両足を倒し、かかと落とし
倒立の状態から両足を倒し、相手の背中にかかとを落とします。この動きは相手に衝撃を与え、背中を打ちつける形となり、相手にダメージを与えます。
④背中を蹴り上げ、反らす
かかとを落とした後、すぐに背中を蹴り上げることで、相手の背中を海老ぞりのように反らせます。この動作が技の核心部分であり、相手の体勢を完全に崩します。
⑤後方に投げ飛ばす、頭を叩きつける
背中を反らせた後、最後に相手を後方に投げ飛ばします。この時、相手の頭が地面に叩きつけられる形となり、強い衝撃を与えることが目的です。
要求されるスキル
柔軟性とバランス感覚
倒立の姿勢や反らせる動作は高い柔軟性とバランス感覚が必要です。これができるだけでなく、相手の動きに対する瞬時の反応力も求められます。
筋力と瞬発力
相手の体重を支え、かつ反動を利用して投げ飛ばすため、相当な筋力と瞬発力が必要です。
緻密なタイミングと予測
相手の反応を予測し、非常に緻密に動作を組み合わせることが求められます。このため、熟練した武道家でないと使いこなすのは難しい。
この技は非常に危険で。技を使う者も失敗で大ダメージを負う危険性がある。
高度な技術と訓練が必要なため、熟練の武道家でなければ習得することができない。
河上舟斎の剣道道場の周りには黒いベンツが横付けされ、マットレスや大きなスポンジの緩衝材などが坂本組の男たちによって次々と運び込まれていた。その様子を剣道場から離れた電柱の影からじっと見つめる男がいた。刑事の土方敏夫だ。
「……何かが始まるな」
土方は剣道場の裏手に回ると、塀を軽々と乗り越えて庭に忍び込んだ。
しかし、すぐに鋭い声が響く。
「わしの敷地にデカイネズミが入ったようじゃのう。場合によっては、成敗させてもらうが?」
河上舟斎が目を細めて立っていた。その目の鋭さに、土方はゾクリと背筋が凍るのを感じた。間違いない、ただ者ではない達人の声、本能がそう告げていた。危険を察した土方は無言で踵を返し、塀を乗り越え走ってその場を去る。
「フン、逃げ足だけは速いのう……」
河上舟斎は「ふん」と鼻を鳴らし、道場の入り口に目を向けた。そこへ、岡崎洋介と坂本龍太郎が姿を現した。
「おお、来よったか。さっきデカイネズミが入り込んでいたが、追い払っといたぞ」
「デカイネズミ……?」
岡崎は訝しげに辺りを見渡したが、それ以上は気にせず、道場の中へと足を踏み入れる。
坂本組の黒いスーツの男たちが次々とマットレスや緩衝材を敷き詰め、道場の床はまるで体操の練習場のように変わっていく。
「だいぶ大がかりな準備をするんだな……」河上が呟く。
「ああ、これから特訓するんだ。現代に失われた暗殺武術奥義『両肩倒立反動地獄投げ』をな」
「……ほう、どんな奥義なのじゃ」
河上は目を細めた。岡崎が説明を続ける。
「この奥義は、相手の両肩に体操選手のように倒立を決め、相手が捕まえようと伸ばした手を逆に取る。そして、両足で相手の背中を蹴り上げて後方に投げ飛ばす技だ」
「ふん、なるほどのう。しかし、そんな簡単にできる技では、なかろうに?」
「そうだ……だから、まずは坂本の相撲のぶちかましを受け続けて、その両肩に倒立をするタイミングを掴む」
「ほいたら、遠慮なしに行くぜよ!」
坂本は雷王丸との模擬戦を想定し、何度も相撲の立ち合いのように低い姿勢から岡崎に体当たりのぶちかましを仕掛けた。そのたびに岡崎は吹き飛ばされ、マットレスや緩衝材のスポンジの上に転がる。
岡崎は肩で息をしながら、汗まみれの道場の床にへたり込んでいた。
「はぁ……はぁ……無理だ……これ以上は……」
その目には、もはや気力の欠片も残っていなかった。これまで五十回以上の特訓を繰り返してきたが、両肩倒立反動地獄投げの完成には程遠い。何度も何度も失敗し、体はボロボロだ。
そんな岡崎の肩を、坂本がポンと叩いた。
「めげちゅうがか?」
岡崎は苦笑いしながら、視線を落とす。
「正直、もう限界だよ。こんな技、本当にできるのか……?」
坂本は腕を組み、しばらく考えた後、ニヤリと笑った。
「ほんなら、わしを殺すつもりでやってみいや。」
「えっ?」
岡崎は目を見開いた。坂本の言葉は冗談のように聞こえたが、その目は真剣だった。
「今までのやり方じゃあいかんがやったら、やり方を変えや。岡田以蔵が乗り移ったつもりで、斬る気でわしを投げ飛ばせ。」
岡崎はゴクリと唾を飲み込んだ。
(……岡田以蔵か……。)
目を閉じると、そこには雷が鳴り響く戦場が広がった。黒い雲が渦巻き、空を裂くような雷鳴が轟く。巨大な雷神がこちらに向かって突進してくる──そんな幻影が岡崎の脳裏に浮かぶ。
(これは……試練だ。)
岡崎の体が自然と動き始めた。雷神に立ち向かうように、坂本の両肩へと飛び乗る。
そして両肩に倒立を決めた。
「行くぞッ!!」
暗殺武術奥義 両肩倒立反動地獄投げ!!
坂本の背中に衝撃が走る。次の瞬間、岡崎の足が弾けるように動き、坂本の体を海老ぞりに反らせた。
(雷神を倒す……ここで、終わらせる!!)
岡崎は一気に全身の力を込める。
「ぐっ……!!」
岡崎は叫びながら、渾身の力で坂本を後方へ投げ飛ばした。
「──うおおおおッ!!」
坂本の体が宙を舞い、勢いよく頭上と肩がマットレスへと叩きつけられる。
ドスン!!
静寂。
道場の空気が張り詰め、誰もが息を呑んだ。
道場の隅で見ていた河上舟斎は、その光景を見てつぶやいた。
「岡田以蔵……やりおったな……!」
こうして、暗殺武術奥義『両肩倒立反動地獄投げ』が令和に再び復活したのだった。
岡崎は荒い息を吐きながら、ゆっくりと立ち上がった。
「や、やったのか……?」
坂本はしばらく動かなかった。だが、次の瞬間、床に寝転がったまま、苦笑いを浮かべた。
「……ふっ……ははっ……。」
「えっ?」
「おまん、やっべぇのう……イカレちゅうがや。」
坂本は首を押さえながら起き上がろうとしたが、すぐにまた倒れ込んだ。
「……ちくと待てや、今のは効いちゅう……ガチで背中と肩と、特に首がヤバいき……。」
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翌日。
坂本は首にコルセットを巻いたまま、高校に登校した。
岡崎が驚いた顔で駆け寄る。
「お、おい坂本!大丈夫かよ!?」
坂本はニヤリと笑いながら、岡崎の肩をポンと叩いた。
「おまん、またわしを殺すとこやったぞ。」
「……!」
「貸しにしちょくきな、岡崎。」
岡崎は呆気にとられた顔をしたが、すぐに口元を引き締めた。
「……ありがとう、坂本。」
「おう。」
暗殺武術奥義 「 両肩倒立反動地獄投げ」が完成した。雷王丸を倒す究極の投げ奥義だ。
そして、地下格闘技場(非合法なヤクザの大会)は、間もなく京都で開催をされるとの連絡が坂本龍太郎に入るのだった。
【第三部 完結】




