第九話 死合いの決着
坂本龍太郎の北辰一刀流の居合術に追い詰められた岡崎洋介は、竹刀を握る手に汗を滲ませていた。
(このままでは……負ける……!)
敗北の二文字が脳裏をよぎったその瞬間、岡崎の心の奥底で声が響いた。
( (俺に変われ……!) )
それは、幕末四大人斬り岡田以蔵の声だった。
次の瞬間、岡崎の目つきが変わった。まるで別人のような、鋭く冷酷な眼光。
それを見た坂本龍太郎の背筋に、ゾクリとした死の恐怖。身体から戦慄が走った。
(これは…殺し合い、まさに死合いだ!)
北辰一刀流は本来、戦場や果たし合いでも使われた武術。
だが、今の岡崎から発せられる恐ろしい殺気は、まさに人を斬る者のそれだった。
坂本は歓喜した。
(これこそ武士の剣だ! これこそ武士の戦いぜよ!)
一方、岡崎の中に宿る岡田以蔵は、竹刀を左片手に構え、静かに囁いた。
「坂本さんの子孫を……岡田以蔵が殺します。」
道場内の空気が、一瞬にして張り詰めた。
岡田以蔵は左片手で竹刀を握り、右の小手で竹刀の先を隠した。
(……竹刀の長さが見えない!?)
坂本は驚いた。剣士にとって間合いを計ることは生死を分ける重要な要素。
しかし、小手により竹刀の先を見えなくすることで、坂本は岡崎との間合いが分からなくなった。
(左片手突き……! こいつ、突きで俺の面を狙ってくる気か!?)
坂本は身構えた。
剣道では「突き」は高度な技術を要するが、突きは一撃必殺の剣。
それでも、一度かわしてしまえば、諸刃の剣、 自分の勝ちだ。
「さあ来いッ!!!」
坂本が叫んだ瞬間―
岡田以蔵の竹刀が閃いた。
暗殺武術奥義 死線二閃!!
一本目の竹刀が坂本の「面」を狙ったフェイント。
坂本は思わずのけぞり防ごうと反応する――その瞬間だった。
二本目の竹刀の先が、鋭く坂本の喉を突いた。
そして、深く突きを押し込む、殺す気で
「ぐっ!!」
坂本龍太郎の身体が弾き飛ばされ、道場の壁に激突する。
ドンッ!
道場内が静寂に包まれた。
坂本はそのまま気を失った。
「坂本くん!?キャーーアア」
見守っていた生徒たちの悲鳴が響く。
勝負は決まった。
だが、その直後、審判である剣道部顧問が冷静に声を上げた。
「岡崎……突きで深く押し込む行為は、高校剣道では反則負けだ。」
岡崎の目が正気を取り戻した瞬間、彼の表情が愕然とした。
「――えっ……?」
岡崎の勝利は、突きを深く押し込むという反則によって試合は反則負けとなった。
(なんてこった……。美香が極道の妻になってしまう。)
岡崎は膝をつき、竹刀を握りしめた。
岡崎は勝負に勝ち、試合に負けた。
それでも坂本龍太郎の心の中には、戦いの熱狂だけが残っていた。
(岡崎、おまんは……ええ剣士ぜよ……!)
剣道場の空には、まだ熱い戦いの余韻が残っていた。




