第一話 目覚める剣鬼
岡崎洋介は、地方の小さな剣道道場に通う高校生である。幼い頃から剣道を習い、竹刀を握るたびに心が落ち着くのを感じていた。だが、就寝後にみる奇妙な夢が付きまとっていた。
いつも夢の内容は同じだ
深い闇の中、血に濡れた刀を握る自分。叫び声。飛び散る血しぶき。斬り伏せられる苦痛な男たちの顔。
夜毎に繰り返される悪夢。目が覚めると、いつも汗で体がぐっしょりと濡れていた。幼い頃は怖くて眠るのが嫌になることもあったが、成長するにつれて、それがただの夢ではないのではないか、という考えが頭の片隅に根を張るようになっていた。もしかして自分の前世は、武士もしくは、人を斬る職業だったのではないかと。
そして夢の男は最後に同じことを、呟く
「次に生まれ変わったら、今度こそ本物の悪を斬る」
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今日は剣道場での練習日であった。
「構え!」
道場主の号令に従い、洋介は竹刀を握り直し、相手と向き合った。対峙しているのは女性剣士の幼馴染の伊藤 美香。彼女もまた、幼い頃から剣道を続けており、道場の中でも腕は立つほうだった。
「いくよ、洋介!」
美香の掛け声と同時に、竹刀が鋭く振り下ろされる。しかし、洋介はそれを難なく捌いた。鍛え抜かれた反射神経が、自然と体を動かしていた。
(やはり…身体が覚えている。この動き…この感覚…)
剣道を始めた当初から、洋介には「違和感」があった。指導を受けずとも、初めから竹刀を扱う技術が備わっていたのだ。それはまるで、長い年月をかけて鍛え抜かれた剣士のように。
練習が終わり、竹刀を納めながら、美香が笑顔で言った。
「今日も良い勝負だったね! でも、最後の一手、ちょっと手加減したでしょ?」
「そんなことないさ。美香が強くなったんだよ。」
「ふふっ、洋介がそう言うならいいけど!」
そんな他愛のない会話を交わしながら、二人は道場を出た。
道場の前の道は田舎町らしく街灯が少なく、夜になれば辺りは闇に包まれる。二人は並んで歩いていたが、洋介は妙な緊張感を覚えていた。
(…何かがおかしい。)
生温い夜風に紛れて、どこか殺気じみた空気が漂っている。それは、洋介の奥底に眠る"剣士"の感覚が告げていた。
「美香、ちょっと歩みを緩めて。」
「え…? どうしたの?」
美香が不思議そうに振り向いたその瞬間――。
「――ッ!」
茂みの影から、黒い影が飛び出した。
ナイフを握りしめた男が、一直線に美香へと襲いかかる。
「危ないッ!」
洋介は咄嗟に美香の腕を掴み、後方へと引き寄せた。その瞬間、ナイフの刃が宙を切り、彼女の目の前をかすめた。
ギラリと月光に反射するナイフの刃。
「な、なに…!?」
美香が怯えた声を漏らす。しかし、洋介の目はその男を鋭く睨みつけていた。
男は痩せ細った体に黒いパーカーを纏い、異常なほど鋭い目つきをしていた。呼吸は荒く、手に持つナイフが震えている。
(こいつが…最近この町を騒がせていた無差別殺人犯か。)
連日ニュースで報道されていた凶悪犯が、今まさに自分たちの目の前にいる。洋介は瞬時に理解した。そして不思議な感覚が彼の中に湧き上がる。
「フフ…邪魔しやがって…」
犯人の男がナイフを握り直し、次の瞬間、まっすぐに洋介へと向かってきた。
その刹那>>>洋介の中で何かが弾けた。
視界が赤く染まり、頭の奥底から言葉にならない衝動が沸き上がる。
(…あぁ、知っている。この感覚は…。)
まるで、何百、何千もの血を浴びた戦士が、彼の意識の底から呼び起こされたかのようだった。
覚醒する、剣鬼の記憶。
岡崎洋介の目の色が変わる。ナイフを持った男を睨みつけたその瞳には、まるで江戸の闇を生きた"人斬り"の気迫が宿っていた。
「俺の前で短刀を振るうか」
低く、静かに呟く。
「ならば、生まれ変わった岡田以蔵が天誅を下す。」
刹那、剣鬼が目を覚ました。