第七話 未来の極道の妻
坂本龍太郎の周りには、いつの間にか多くの女子生徒が集まり、彼の机を囲んでいた。彼女たちは目を輝かせ、憧れの眼差しを向けている。
「坂本くんの家って何してるの?」
一人の女子が興味津々に尋ねると、坂本はニヤリと笑って答えた。
「うちか? おしぼりを飲食店に卸してるぜよ。あと、割りばしとか、つまようじとか、飲食店のサポートをしゆうがよ。」
「すごーい! じゃあ、飲食関係の会社なんだね!」
「まあ、そんなもんじゃのう。」
その時、坂本の上着の内ポケットから何かが滑り落ち、教室の床にカチャリと音を立てて転がった。それは……黒光りする拳銃だった。
教室中が一瞬静まり返る。そして、次の瞬間、女子生徒たちの悲鳴が上がった。
「キャーーーッ!!」
坂本は慌てた様子で拳銃を拾い上げると、苦笑いしながら手を振った。
「ごめんごめん! これはモデルガンじゃき! おれ、モデルガンを集めるのが趣味ながよ!」
周囲の生徒たちは安堵しつつも、まだ不安げな表情を浮かべていた。しかし、それを聞いて興味を持ったのか、別の女子が質問した。
「じゃあ、それって本物みたいに撃てるの?」
「まあ、見た目だけは本物そっくりぜよ。人を撃つことはできんけん、心配いらん。」
生徒たちはホッとした様子だったが、岡崎洋介だけは腕を組んで坂本をじっと見つめていた。何かが引っかかる。
そして、ふと坂本の背中に目をやると、ジャケットの隙間から銀色に光る長い刃がちらりと見えた。
「……おい、坂本。お前、それは何だ?」
教室の男子が指摘すると、今度は周囲の生徒たちも坂本の背中に注目した。
すると、坂本はまたもやバツが悪そうに頭をかきながら、笑顔を作った。
「ごめんごめん! これ、出刃包丁じゃき! おれ、料理男子で、魚をさばくのが好きなんぜよ! うっかり家から持ってきてしもうた!」
「……」
岡崎は疑いの目を向けたが、女子生徒たちは「料理男子なんて素敵!」と黄色い歓声を上げていた。
「坂本くん、すごーい! 魚さばけるんだ!」
「うち、お魚料理好きなの! 今度作ってほしいな!」
(お前ら……本気で信じてるのか?モデルガンや出刃包丁を学校へ持ってくる、そんな奴おらんやろ!)
岡崎は呆れながらため息をついたが、坂本は余裕の笑みを浮かべて肩をすくめた。
「まあまあ、男たるもん、料理ぐらいできんといかんぜよ。」
しかし、岡崎はこの坂本龍太郎という男に対して、ますます不信感を募らせるのだった。
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岡崎洋介は、校門の前の様子を教室の窓からその光景をじっと見つめていた。
(……あいつ、やっぱりただの転校生じゃねぇな)
坂本龍太郎の周りには、黒いスーツにサングラスをかけた男たちが整然と並んでいた。その姿はどう見ても極道のそれだった。男たちは坂本に剣道の竹刀と防具を恭しく渡すと、全員が深々と頭を下げた。
「若、お勤めご苦労様です」
「おう、ご苦労じゃったのう」
坂本は当たり前のように受け取り、防具を肩にかける。そして教室の方を見上げると、不敵な笑みを浮かべながら岡崎を指さした。
「岡崎洋介、おまんが相手じゃ。男なら逃げるなよ!」
「……チッ」
岡崎は舌打ちした。剣道での勝負は避けられそうにない。坂本の異様な雰囲気と、彼の周りの男たちの態度から、並の剣道勝負で終わるとは思えなかった。
教室に坂本龍太郎が戻ってくると美香が息を切らしながら駆け寄り、坂本の正体を訴えるように叫んだ。
「坂本くん、極道じゃない! 私、極道の妻なんかになりたくないんだから!」
その言葉を聞いた瞬間、岡崎の脳内に最悪のイメージが広がった。
――極道になった美香が、半裸で背中に龍の刺青を彫り、仁王立ちで叫ぶ。
「なめたらあかんぜよ!」
(……無理だ、美香を極道の妻にするわけにはいかない!)
最初は、剣道なんて遊びだ最悪、坂本龍太郎に負けたっていいと思っていた。
岡崎は、坂本を睨みつけながら拳を握りしめた。
「お前に美香は渡さない!」
教室中がざわめく。女子生徒たちは顔を見合わせ、男子生徒たちは興味津々で成り行きを見守っていた。
そんな中、美香は岡崎の腕をつかみ、まっすぐ彼の目を見て言った。
「そうだよ、洋介。絶対に負けないでね! 私、結婚する人もう決めてるんだから!」
その瞬間、教室が静まり返った。
「えっ……?」
誰もが息をのんだ。岡崎の顔が真っ赤になり、美香自身も言葉の重みに気づいたようだった。
「って、今のぜんぶ嘘だから! ごめんなさーい!!」
美香は顔を真っ赤にしながら、恥ずかしそうに教室を飛び出していった。
岡崎の目の前で、坂本龍太郎は不敵な笑みを浮かべながら、腕を組んで言い放った。
「わしは略奪愛も好きやき! 決闘に勝ったら、高校卒業後に美香を連れてラスベガスへ新婚旅行に行くがよ。そんで、そのあとは高知に連れ帰って、坂本家の極道の花嫁修業をさせるき!」
教室が一瞬、静まり返った。
「なっ……!」
岡崎の顔が青ざめる。こいつやっぱり美香を極道の妻にする気だ。
いや、そんな未来は絶対に許されない!
「ふざけんな……美香を極道の妻になんか、絶対にさせねぇ!!」
岡崎は拳を握りしめ、心の中で強く誓った。
放課後――
決闘の舞台となる剣道場で、ついに運命の戦いが幕を開ける。




