第十話 できそこないの男
エンジンの轟音が響く暗闇のトンネル内で、後藤田直哉は狂気の笑みを浮かべながらハンドルを切った。
「終わりだ、ガキが!!」
ランボルギーニの鋭い車体が、バイクの後輪へと激しく体当たりを仕掛ける。
瞬間。
岡崎のバイクは制御を失い、時速200キロのまま弾き飛ばされた。前方へと高速回転しながら、パーツを散乱させ、ものすごい勢いで無慈悲に壁へと激突した。
ドォォォン――!!
爆発音がトンネル内に轟き、業火が舞い上がる。
「……やってやったぜ」
爆発音と炎がトンネル内を満たし、ランボルギーニの赤いボディに揺らめく影を落とす。
後藤田はランボルギーニを停め、ゆっくりと運転席から降りた。
「…俺はできそこないなんかじゃない……できる男だ」
彼は満足げにニタニタと笑った。しかしその笑顔は、まるで自分に言い聞かせるようなものだった。
頭の中には、幼い頃の記憶がこびりついていた。
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「お前はできそこないだ」
父・後藤田 実政界の大物であり、完璧主義者。
後藤田 直哉は、彼の息子であるにもかかわらず、一度たりとも褒められたことがなかった。
「父さん! 俺、陸上大会で優勝したよ!」
「たかが区大会ごときで満足するな。そんなもので喜ぶのは、レベルの低い人間だけだ」
「……でも、俺、頑張ったんだよ!」
「努力したところで、全国大会予選敗退の結果が、それなら意味がない」
冷たい視線とともに、何度も何度も突き放された。
期待されているのは分かっていた。だが、その期待は常に「できない自分」を責め立てるものだった。
学歴、成績、スポーツ、すべてにおいて全国で優秀でなければならない。ほんの少しでも父の基準に達しなければ、「できそこない」と罵られた。
「できそこないが、後藤田家の名前を汚すな」
その言葉が、まるで呪いのように心に突き刺さり続けた。
そして
「できそこないの息子がいることが、 私の人生で最大の汚点だ」
最後に言われた言葉は、直哉の心を完全に破壊した。
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だからこそ、後藤田直哉は証明しなければならなかった。
自分はできそこないじゃない。
誰よりも優れた存在であることを。
誰にも負けないことを。
例え、どんな卑劣な手を使ってでも。
「さて、USBはどこだ……」
後藤田はトンネル内の後方へと吹き飛んだ岡崎の方へと歩み寄る。
数メートルほど歩き地面に転がるUSBを見つけ、それを拾い上げた。
「俺はできそこないなんかじゃない……できる男だ!」
歓喜に満ちた笑顔を浮かべた瞬間。
バキィッ!!
「ぐあっ!?・・・・」
鈍い音とともに、全身を貫く激痛。
気づいた時には、血まみれの岡崎洋介が目の前に立っていた。
暗殺武術 呼吸止め!
足を踏みつけられ、後藤田の身体は瞬時に硬直する。
次の瞬間。
ドゴォッ!!!
強烈な溝打ちが、腹へとめり込んだ。
「がはっ……!」
激痛と共に、後藤田はその場にくの字に身体が曲がり崩れ落ちる。視界が揺れ、呼吸がまともにできない。その時、岡崎の低く静かな声が響いた。
「火事で亡くなった寝たきりのおばあさんの苦しみは、こんなもんじゃねぇ……」
髪の毛をかき上げた血まみれの顔に、鋭い眼光を宿して、彼は叫ぶ。
「ここからは、生まれ変わった岡田以蔵が、お前に天誅を下す!!」
トンネル内に響く怒号の声、復讐の幕が、今、開かれる。




