おばあちゃんは店長のお祖母ちゃんだった!
「あらまあゆうちゃん、今日はゆうちゃんがクレープ作る係なの?」
「ゆうちゃん」
衝撃のあまり、幸直は声に出してしまった。姉御と客も一斉にイトを見やる。
がこん、と水木はトンボを容器に乱暴に突き入れた。
「………………、ばあちゃん」
たっぷり6秒の、怒気の籠もったため息を吐き出して、水木は声を震わせる。
「……頼むから、外でその呼び方は勘弁してくれないかなぁ……?」
俯いたまま、しかしこめかみに血管が浮いていそうな声で言う水木。
しかしイトはきょとんと首を傾げた。
「あら~、でもねえ、おばあちゃんにとって、ゆうちゃんはゆうちゃんだからねぇ」
ふと、幸直は周辺を見てみた。
姉御も数人いる客も、みなぽかんとして水木と彼女のやりとりを見つめている。
(……宇宙ネコ)
インターネット画像ミームを思い出していると、水木は生地を一心不乱にレードルでかき回しながら更に訴えた。
「あのさぁばあちゃん。俺はもういい大人なわけで、外でそんな呼ばれ方すると、こっちの沽券に関わるんだよ……!」
「あらそう……。あっそうだわ、ゆうちゃん!」
「いや呼び方改めないんすかい」
レジから姉御のツッコミが聞こえてきた。客もうんうんと頷いている。
「この子ね、この間買い物の荷物が重そうだからって、そこのバス停まで荷物を運んでくれたのよ~。それで今日はお礼にここのクレープを、おばあちゃんが買ってあげたくてねぇ」
「……は?」
とうとう水木は隠すことなく、剣呑な視線を幸直に向けた。
イトに指差された幸直は、ギロリと睨んでくる水木から目を反らすことしか出来ない。
「おばあちゃんがお金払うから、この子の好きなクレープを作ってあげてくれないかしら?」
この発言に、幸直は慌てて声を発した。
「い、いや、ばあちゃん! そこまでしてもらったら悪いって!」
「あらあら、若いうちは遠慮しなくていいのよ~。ほら、何が食べたいのかしら~?」
「え……、っと……」
ふと視線を感じ、幸直はそちらを見る。
恐ろしい形相で睨んでくる水木。明らかに「断れ。もしくは自分で金を払え」と言っているのが丸わかりだった。
(………………でも、)
ごくりと幸直は唾を飲み込んだ。
幸直の〝クレープの妖精さん〟である水木のクレープを、合法的に食することが出来る機会だ。
(……正直、めちゃくちゃ食いたい)
水木はもう幸直を思考の中から排除し、先に注文を受けた客のクレープを焼いている。
トンボの余分な水分を飛ばすカンという音も、生地をレードルでかき回すタプタプとした音も、幸直の目と耳と食欲を惹きつけてやまない。
(……美味そう)
気付けば、じっ、と幸直は水木を見つめていた。
半袖シャツから覗く水木の腕が、なんとも――……。
「ゆきくん」
くいくい、とイトが組んだまま腕で幸直の腕を引っ張った。
その刺激に、幸直はハッとする。
「え、あっ、なに、ばあちゃん?」
「何食べたいか決まったかしら?」
にこー、と笑いかけてきたイト。幸直は脳内でメニューを展開する。
(……あんまり高いのはばあちゃんに悪い。師匠にもめちゃくちゃ睨まれるし……。無難なのならいちご系、でもバナナ系もイケる……)
客の会計が進み、二人の番になっても幸直は悶々と悩んでいた。
そんな彼を、レジの姉御はジト目で見やる。
「……ゆっきー、早く決めてよ。後ろお客様いるんだから」
「い、いや、分かってるんす、分かってるんすけど、師匠の作るクレープっすよ、全部食いたいんすよ本当は……!」
幸直はうんうん悩む。そんな彼の様子を横目で確認していたのか、水木は幸直に言った。
「……ちっ。おい、メニューが決まらないんなら他のお客様の邪魔だ、どいてろ」
「うぅ、はい……」
幸直はイトに「テキトーな奴でいいっすよ」と言って列を離れる。
……が、すぐに焼き台が見え尚且つ商品の受け取りに邪魔になりにくい位置に陣取った。
ちょうど焼き台に生地を流したらしく、微かに湯気が上がっている。
水木はすかさずトンボの余分な水気を切り、淀みない手付きでくるくると生地を伸ばしていく。
ホイップクリームを取り出し、チェーンの規定通りに絞り、イチゴをあしらい、チョコソースをかけていく。
生地を折りたたみ、巻き、巻紙で包み、留める。
その一連の作業を、幸直はボディバックの掛け紐を握りながら見つめていた。
(……元からテンチョーは作るの上手いって思ってたけど)
心臓の高鳴りが止まらない。頬も紅潮し、胃がきゅうきゅうと鳴る。
(妖精さんなんだ、って思うと、余計に上手そうだし、美味そうに見えるよなぁ……)
ガラス越しに水木を凝視しながら、幸直はほぅ、と恍惚の息を吐く。
「ゆきくん、ゆきくん」
呼ばれて、幸直はそちらを見る。
会計を終えたらしいイトが、商品受け取りの列に並んでいた。
「クレープはおばあちゃんがもらっておくから、ゆきくんはお昼頼んできたらいいわ」
その言葉に、幸直はハッとしてフードコート内を見渡す。
目当てのファーストフード店は、そこそこの人数が並んでいた。
「……っすね」
「ついでに席も探しておくわね~」
「っす、おねしゃっす!」
昼食を確保するため、幸直はクレープ店を離れた。
その姿を、バターを手にした水木が忌々しそうに確認していたことなど知らずに。
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