思わぬ再会
そんなことがあった数日後。
日曜日でフロアは買い物客で賑わっている。
幸直は今日もアルバイトのために店内を歩いていた。
そのとき、背後から聞き覚えのある声が彼に向けられる。
「あら? あらあらあらあら。ねえお兄さん、おばあちゃんのこと覚えてるかしら?」
幸直は聞き覚えのある、鈴を転がしたような声に振り返った。
そこには、先日幸直がバスロータリーまで送った女性が立っていた。
今日は合皮製と思しき、チョコレート色のハンドバッグだけを持っている。
「おお、こないだのばあちゃん!」
幸直は女性と向き合い、身をかがめた。
「こんなトコで合うなんてキグーじゃん! どしたん?」
すると、女性はコロコロ笑った。
「実はねえ、ここの地下のくれぇぷ屋さんで私の孫が働いていてねえ。たまーに食べたくなった時に来るのよ~」
「えっ」
幸直はそれを聞いて一瞬固まった。
このショッピングビルの地下のクレープ屋は、彼のアルバイト先である店舗ひとつしかない。
ということは、女性の孫は必然的に店の誰かということになる。
自分は当然除外。となると、孫候補は数人いる他のアルバイトやパート、もしくは水木となる。
「へ、へえ……」
誰でも別に構わないが、意外と世間は狭いな、と幸直は思った。
「坊やは、今日はどうしたの?」
「えっ、ああ」
質問され、彼は気を取り直す。
「実は、俺のバイト先がここの地下のクレープ屋でさ。今日もバイトだよ」
「まあ! あらあらまあまあ、そうなのぉ」
彼の答えを聞いた女性は、にぱりと笑った。
「ねえ、ちょっとお時間あるかしら? おばあちゃんにちょっと付き合ってくれない?」
「ふへ?」
「せっかくの縁だもの、一緒にくれぇぷ食べましょうよ~」
「おお、いいっすねえ」
まだ時間には余裕がある。今日は個人的な買い物も兼ねて早めに到着していたのだ。
バイトに入るのは昼を食べてからにしようと思っていたが、そこにデザートも加えてもいい。
幸直はそう思い、女性の提案を飲んだ。
エスカレーターを目指しながら、幸直は女性に言う。
「俺、昼メシも一緒に食っていい?」
「いいわよ~」
「ボテトL頼むから、ばーちゃんも摘まんでよ。あ、でも血圧やべーかな?」
「うふふ。これでも毎日お散歩してるし、お医者様にも75歳以降の適正血圧って言われてるから、少しなら大丈夫よ~」
「そっか! あ、エスカレーター乗るとき気ぃつけて」
「あら、ありがとう~」
幸直は先に女性を乗せ、自分はその後ろからエスカレーターに乗った。
ごぅんごぅん、と微かな音を立てながらエスカレーターは下っていく。
「そういや、ばあちゃん名前なんてーの? 俺、原田幸直ってんの」
「あら、ゆうちゃんと名前の最初の一音が一緒なのねぇ。じゃあ、ゆきくんって呼ぶわねえ」
「いいよ」
「おばあちゃんはねえ、水木イトっていうのよ」
水木店長の祖母であることが確定した瞬間だ。
幸直は思わず苦笑する。
「じゃあ、ばあちゃんとか、イトばあちゃんって呼んでもいい?」
「いいわよぅ。こんな若い子の知り合いが出来るなんて、長生きするもんだわ~」
ほけほけと嬉しそうに笑いながら、イトはエスカレーターから降りた。幸直もそれに続く。
イトはまずクレープを買おうと言い出した。
「この間荷物を持ってもらったお礼もしていないでしょ? その代わりと言ったらなんだけれど」
「えっ!?」
幸直は面食らう。
完全に善意でやったことであったし、謝礼を求めていた訳ではない。
「ばーちゃん、そんな悪いよ! 俺、別に見返り目的で荷物持ちしたわけじゃねーし!」
すると、イトはがっしりと腕を組んできた。
「え?」
白髪混じりの老女にしてはやたらと力強い。
笑顔のままぐいぐいと、クレープ店に向かって歩いていく彼女に、幸直は抵抗せずに着いていくしか出来ない。
振り払うのは簡単だ。だが、怪我でもさせたら大事になる。
水木店長から詰められるのはともかく、祖父、父、兄からボコボコされるかもしれない。
「ば、ばーちゃん?」
幸直に、にっこりとイトは笑った。
「まあまあ、いいからいいから~」
そのままずるずると着いていく。
店先に着くと、ちょうど商品の受け渡しをしていた、幸直が姉御と呼んでいるアルバイト大学生がぎょっとした顔をした。
「え、ゆっきー、どしたのその状況」
「俺が聞きてぇっす~」
イトに会計列の最後尾に連れて行かれながら答える幸直。
その時、ふと焼き台に立っている水木と目が合った。
途端顔をしかめる水木。
そして声を上げるイト。
「面白い!」
「応援するよ!」
「続きが読みたい!」
など思われましたら、下部いいねボタンや、☆マークを
お好きな数だけ押していただけると嬉しいです。
感想やブックマークなどもしていただけると大変励みになります。
何卒よろしくお願いします。