一日一善
まだまだ夏を引きずっていた9月から1ヶ月。
そろそろ関東にも朝晩に秋の気配が漂う頃合いとなってきた。
今日も幸直は放課後の勤労へと向かうべく、駅からアルバイト先までの歩道を歩いていた。
横断歩道にさしかかる。信号は赤になっていたので立ち止まり、ポケットからスマートフォンを取り出した。
幸直は隙あらば、クレープに関わるSNSやブログなどをチェックしているのだ。
見ているうちに信号が青に変わり、音響信号機のスピーカーからメロディが流れ出す。
幸直は顔を上げた。
「……おん?」
向かいから、満杯の買い物袋を2袋下げた高齢女性がちまちまと歩いているのが見えた。
ふうふうと歩いているその姿に幸直は、今は亡き自らの祖母を思い出す。
(……困ってる人には親切にしろって、じいちゃんもオヤジも言ってるもんな)
よし、と頷く。スマートフォンをポケットに突っ込み、幸直は大股で跳ぶように横断歩道を渡る。
女性の斜め前に躍り出て、出来るだけ身をかがめ、声も柔らかく聞こえるように話しかけた。
「ばあちゃん、俺それ持つぜ」
「え?」
顔を上げたその女性は、年齢を刻んでいるものの穏やかで嫋やかな、品の良さそうな人物だった。髪をうなじでシニヨンにまとめていて、それが得も言われぬ気品を醸し出している。
困り顔になりながら断ってくる。
「ありがとうねえ。でも大丈夫よぉ。バスに乗るから」
声も小鳥のように可愛らしかった。
幸直は心の中で「おおう」と女性のかわいらしさに圧倒されながらも、女性の買い物袋をひょい、と軽く取り上げた。にかっと笑いかける。
「いいっていいって! ほら、早く渡らねえと信号変わっちまうぜ!」
「そ、そう……? じゃあ、お願いしようかしらねえ」
女性の返答に、幸直は彼女に歩調を合わせ渡る。
なんとか信号が点滅を始める前に、横断歩道を渡りきることが出来た。
「ここまででいいわよ、ありがとうねえ」
渡りきったところで、女性はのほほんと言った。
幸直は女性を見下ろしながらまた笑った。
「いいっていいって! 乗るバス停まで送るぜ、ばあちゃん」
「でも、あなたも用事があるでしょう? もう大丈夫よ?」
「ばあちゃん、こんな重い買い物袋持って歩いたら疲れるだろ? 家の近くまでは送れねえけど、せめてバス停までは持ってくって。コレもなんかの縁だよ!」
幸直は、本当に純粋な善意でそう言っている。
通り過ぎる人は時折、彼の容貌を見て「カツアゲ……?」とでも言いたげな視線を向けていたが。
だが、女性は幸直を信じることにしたようだった。彼の隣にちょこちょこと近寄ってくる。
「それじゃあ、お願いしちゃおうかしらねえ」
「へへ、任されたぜ」
幸直はゆっくりと、女性の歩調に合わせて歩き始める。
女性と幸直が出会った横断歩道のすぐ目と鼻の先、彼の足なら一分とかからない距離に駅前バスロータリーがあった。
女性はそのバスに乗って帰宅するつもりだったと言う。
「うちはバスから降りて3分くらいだから、これぐらいの荷物なら平気よ~」
そうのほほんと言う女性に、幸直は思わず苦笑した
「たくましいねえ、ばあちゃん。ちっこくて猫背気味なのに。うちの母ちゃんといい勝負かも」
すると女性はふふん、という擬音語が付いていそうな笑みを浮かべる。
「あらやだ。女は逞しくてナンボなのよぉ、お坊ちゃん」
「ばあちゃん、俺もう坊ちゃんなんて年でも見た目でもねえよぉ」
「うふふふふ」
そう楽しく会話をしているうちに、バスロータリーに着いた。
女性が乗る予定の乗り場に行くと、待合ベンチが空いていた。幸直はそこに荷物を置く。
「ばあちゃん、買い物ここに置くぜ」
「ええ、ありがとうねぇ」
女性は荷物の隣にちょこんと腰掛けた。
そして幸直を見上げて言う。
「今日は一緒に住んでる孫の誕生日なのよ。だからあの子の好きなものをたくさん作ってあげたくてねえ。おばあちゃん張り切っちゃったのよ。助かったわぁ、ありがとう」
のほほんと話す女性に、幸直はふむふむと頷いた。
同居の孫のためにごちそうを拵える。祖母孫仲が良さそうで何よりである。
そっか、と幸直は相づちを打った。
「じゃあばあちゃん、怪我しないように帰らねえとな! 車とか転んだりとか、気ぃつけてな」
「ええ。ありがとうねえ」
「じゃ、俺これからバイト行ってくらぁ! じゃあなぁ!」
幸直はヒラヒラと手を振って見送ってくれた女性に手を振り返し、元の道を小走りに戻っていった。
何を隠そう、幸直のバイト先であるクレープ店は、先ほど女性が出てきたショッピングビルの地下テナントなのである。
ちなみにアルバイトには、ギリギリセーフで間に合った。
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