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あなたは俺のクレープ・フェアリー  作者: 雪玉 円記
1巻き目 再会は全く甘くなかった
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再会、妖精さん

チェーン店とはいえクレープ屋の店長である人間が、学校祭で高校生がやっているクレープ屋を気に食わないのは、感情論としては分からないでもない。問題はその理由だが。

男性は幸直を見上げた。その目には、明らかに侮蔑と憤怒の色がある。

……が、その奥にどこか怯えの色があるのも見て取れてしまった。

幸直が首を傾げるのと、水木が何ごとか言おうと口を開きかけたのは、ほぼ同時だった。


「まあまあ、その辺で」


担任がやんわりと止めてきた。当然、幸直や男子生徒たち、気の強い女子生徒がかみつく。


「ッでだよセンセー!」

「そうだぜ先生! このおっさんにゃ謝ってもらわねーと俺たちの気が済まねえ!!」

「バカにされっぱなしなんて、我慢できない!! あたしたち何も悪いことしてないじゃないですか!!」


ぎゃあぎゃあと口々に言い募る生徒たち。まあまあ、と担任はなおも落ち着かせるために、手のひらを前後に動かした。


「こいつを連れてきたのは俺だからなぁ。だから、まあ、俺にも責任の一端はある。……が、なあ」


ここで、担任は男性を見た。


「水木、お前さんがそれを言う筋合いはないんじゃないのか? お前さんだって俺が担任だった一年の頃、おんなじようにクレープ焼いてたじゃあないか、この学校祭で」


は? と居合わせた全現役生徒たちの声がハモった。幸直の兄も目を丸くしている。

次いで、担任は幸直を見た。


「おふくろさんにクレープ買ってもらってえらい嬉しそうにしてた子供の存在が、お前さんが製菓の専門学校に進もうと思った最たる原因じゃないか。その時の子供が、こんなにでっかくなっちまんたんだぞぉ」


ぽん、と担任が幸直の肩を叩いた。その衝撃で、幸直の意識がハッと戻る。


「……は? センセー、あんた何言ってんだ?」

「……先生。それってえとつまり、だ。この野郎が、弟が常々言ってる『クレープの妖精さん』の正体ってぇコト……なんですか?」


兄がそう訊ねる。担任は大きく頷いた。


「この水木が一年の頃の担任が俺でな。今年の担当クラスがクレープをやるっていうし、原田と引き合わせたくて水木を呼んだんだ。……だけどまさかまあ、こんなにひねくれてるとは思わなかったよ。しばらく同窓会にも出てこなかったから分からんかった」


担任は男性――水木を背後に押しやり、頭を下げた。


「すまんかった。俺は、今の担当生徒たちであるお前さんたちを傷つけてしまった」


しん……、と教室の中を静寂が進む。

何を言っていいのか、誰もが分からなくなっていた。

担任が悪い訳ではない。だが、当の本人は責任を感じている。

生徒たちは近くの生徒と顔を見合わせ、客たちは様子を見守っている。

そんな空気を破ったのは、幸直の一言だった。


「……テンチョーが、妖精さん……!」


ぽつりと呟かれたその声に、水木は忌々しそうに視線を向け、そしてぎょっと目を見開く。

満面の笑顔に、紅潮した頬、輝く三白眼。

思わず逃げだそうとした水木の両肩を、幸直の大きな手ががっしりと掴む。

その衝撃で体が揺らされた水木から、「ヒッ」という声が漏れたのは致し方あるまい。


「おっ、俺はッ!!」


興奮のあまり、ずい、と幸直は水木に詰め寄った。

おおぉ、とクラスメイトたちから声が上がる。

彼らは幸直の『クレープの妖精さん』の話を耳にたこができるほどに聞かされていた。

そして、もし再会出来たとしたら、今の思いの丈を存分にぶちまけるためのシミュレーションも欠かしていない、とも。

だからこそ、その正体が自分たちを今し方否定したばかりのいけ好かない男であっても、幸直を素直に応援する気が出たのだ。


「俺はッ、あの日、あんたとあんたの作ったクレープに出会えたから、今があるんだ! あのクレープが今も頭から離れねえ!」


幸直の兄は思わず頭を抱えていた。「今かよ……」と呟いている。

姪はというと、実在していた『妖精さん』があまりにいけすかない態度をとったことが許せないらしく、水木にじっとりとした視線を向けたままだ。


「もし、妖精さんにまた会えたら、ずっと言いたかったことがあるんだ! 頼む、俺の――」


ごくり、と誰もが息を飲んでいた。

水木も担任も、野次馬に来た生徒、教員、一般客たちも、固唾を飲む。


「――俺の、師匠になってくれ!!」


両隣の教室にも聞こえるほどの大音声で、幸直は告げた。

本人の顔を見ると、まるで交際の申し込みをしているようだが、実態は違う。

ただ単に、憧れのクレープを作った相手への思慕の念をぶちまけただけだ。

教室の中はクラスメイトたちの歓声で溢れていた。

「おおぉ!」とか「ついに言ったぁぁぁ!!」といったような声が聞こえる。

担任はどう答えるのだろうと、水木の方を見た。幸直の兄も視線を向ける。

そして、同時にぎょっとなった。

水木が、憎悪と憐憫、その奥に隠れる苦痛で歪んだ顔を、幸直に向けていたのだ。

まっすぐ向けられる負の感情に、今度は幸直が怯む。


「っ、し、ししょ、」


ばしん、と幸直の左腕が、彼の右の裏拳で容赦なく弾き飛ばされた。


「……何が師匠だ、ふざけるなよ……!」


剣呑な眼光には、明らかに拒絶の色があった。


「……どうせ、お前も――……」


蚊の鳴くような声で何事か呟いたかと思うと、残った右腕も乱暴に自分の肩からもぎ取り振り下ろす。

呆然としている幸直に、もう目を向けることはなかった。


「……先生、失礼します」


水木は、かつての担任にも目を合わせることなく、軽い会釈だけして人混みの中に消えていった。

水木の姿が見えなくなって数秒後。誰も彼もが黙り込んでしまった中、幸直の兄は普段の挙動からは信じられないほどおずおずと弟に声をかけようとした。

が、それよりも早く幸直が声を発した。


「……実在したんだ……、妖精さんは……」


ぴたり、と兄の手が止まる。


「実在したんだよ、なあ兄貴!」


ぐるり、と振り向いた弟は、喜色満面の笑みを浮かべていた。


「え、あ、おう……」

「はっはっはザマーミヤガレ!! 幼児の頃の俺のいまじなりいフレンド扱いしやがって!! 実在したんだよ、なあクソ兄貴!!」


その勢いで、ダダッ、と幸直は廊下に出て行く。

おい、とクラスメイトが止めるようとしたが間に合わなかった。


「ししょおおおおおおおお!!」


下り階段に向かって、幸直は叫ぶ。


「あんたが認めなくてもおおおおおお!! 俺は絶対、あんたの弟子になってやっからなああああああああああああ!!」


周囲の人物が全員ぎょっとした目を向けてくる。

だが、幸直は晴れ晴れとしていた。

憧れの『妖精さん』に会えた。

その正体は、自分の生活圏内で関わる人間だった。

会おうと思えばいつでも会えるし、タイミングが合えばまたクレープを焼いている場面を見ることが出来るのだ。

これらの事実への歓喜と高揚感が、彼を突き動かす。


「……っしゃあ!」


気合のガッツポーズの後、幸直は教室に戻った。

通りすがりの人たちからの視線なんて、全く気にならない。

「面白い!」

「応援するよ!」

「続きが読みたい!」


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