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あなたは俺のクレープ・フェアリー  作者: 雪玉 円記
1巻き目 再会は全く甘くなかった
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学校祭のクレープ屋さん・2

兄と幸直は、11歳離れている。

その兄が丁度自分と同じ、この高校の学生の頃だった。幸直は先ほどの女児や姪と同じように、母に連れられて一般公開日に遊びに来たのだった。

その時に、彼は運命に出会った。


(……懐かしいなぁ……。俺が妖精さんと出会ったのも、きっとこんな感じだったよな)


クリームと果物を盛り付け終わったクレープを巻きながら、詮無いことを考える。

空腹を訴えた幼い幸直が出会った、学生屋台のクレープ。

それを作っていたのが『妖精さん』だ。

生地の焼ける音と甘い香り、クリームと果物の甘味、初めて目にした食べ物。

そのインパクトは、彼をクレープ男子にしてしまう程に強烈なものだった。

だが現在の幸直は、その時のことをもう朧気にしか思い出せない。

『妖精さん』が男子生徒だったのか女子生徒だったのかすらも覚えていないのだ。

それでも幸直は、彼なりにクレープ道を邁進していた。

母に強請り倒しての食べ歩きから始まり、小学生中学年になる頃にはホットプレートで自分でクレープを焼くようにもなった。

プロ仕様の焼き台を貯めに貯め込んだお年玉と毎月のお小遣いで買ったときには、父に「そこは普通親への恩返しに使うもんじゃねえのか」と呆れられたものだ。

クレープ行脚も、いつか『妖精さん』への手がかりがつかめないかという期待もある。

将来どうなるかはまだ幸直自身にも分からない。だが、クレープに関わり続けていたいという意思は強い。

いつか『妖精さん』と会っても恥ずかしくないクレープ職人になるために、今はこの役目を全力で全うする。

幸直はそう決意を新たにしながら、いくつもの注文をこなしていく。

すると、不意に男性が教室に入ってきた。


「おーい」


恰幅のいい、のんびりした声音の中年男性だった。


「先生、どしたんですか?」


注文係の生徒が反応する。

男性教諭はそれに、背後を振り返りながら答えた。


「お前たちの出し物を聞いたときに懐かしくなってなぁ、昔の教え子を呼んでたんだよ。で、今さっき来たから連れてきたところなんだ」


自分たちの担任の言葉に、教室の中にいたクラスメイトたちは近くにいるクラスメイトたちと囁き合う。

ほら、と担任に引っ張られるように、人が入ってきた。

どんな奴だろうか、と幸直はクレープに包装紙を巻きながらチラリとそちらの方を見た。


(……は!?)


驚愕のあまりに手が完全に止まった。

担任の後ろから教室に入ってきたのは男性だった。

濃褐色の髪を持ち、ポロシャツにスラックスというラフな格好をしている。

無表情で教室内に視線を巡らせていた。と、幸直と目が合う。

男性は途端にしかめっ面になり、男性は担任に訊ねた。


「……先生、このクラスはクレープ屋なんてしてるんですか?」

「おう、そうだぞぉ」


男性は視線をずらして鋭い息を吐き出す。

それから、幸直の方――正確にはクレープ道具を見て、鼻で笑った。


「……ガキのお遊びにしては、随分本格的にやってるんですねえ。驚きましたよ」


その一言に場が凍り付く。

準備を積極的にしていた生徒たちの顔は凍り付き、女子生徒の中には涙ぐみ始めている者もいるほどだ。

舌鼓を打っている客たちも、突然の来訪者の言葉に驚いた顔をする。

幸直は思わず怒鳴り返そうとした。が、一歩早く動いた者たちがいる。

ぬぅん……、と、男性の前にタンクトップの大男が立ちはだかった。その腕にはワンピースの女児。

一般人とは到底思えない顔面の大男に見下ろされ、じっとりとした非難の色しか浮かべていない女児に睨まれ。

男性は思わず後ずさる。


「……おい。てめぇがナニモンか知らんが、ずいぶんな言い草じゃあねえのかい。あ?」


先ほど、愉悦満面に弟をからかっていたときとは全く違う、地を底から揺らすような低い声。

決して怒鳴ったわけではない。が、他人をひるませるには十分すぎる程だった。


「な、あんたには関係ないだろう」

「関係大ありだ馬鹿野郎。俺はアイツの兄貴でこの高校のOBだ。同じOBとして、後輩の学祭にケチつけるような物言いは看過できねえんだよ」

「おじさん、サイテーなの」


女児――幸直の姪が追撃する。

姪は、まだ年若い叔父のクレープがスイーツの中で一番好きだ。

だからこそ、叔父とその友達が頑張って作り上げたこのクレープ店をバカにするようなことは、彼女なりに許せないという気持ちが強い。

ぐ……、と男性が唇を噛む。硬く両手を握りしめる。


「……――らに、……気――が分か……よ……」


何か呟いた気がする。だが、男性の元にずかずかと歩いている幸直には聞こえなかった。


「……俺に何か言うのはどうでもいい。アンタと俺にとっちゃいつものことだ。だけどなあ、俺の腕を信用してくれて準備も頑張ってくれたクラスメイトの奴ら、クレープ店をやりたいって言った俺らに許可を出してくれた実行委員会の連中や保健所の人ら、そんでクレープをうめぇって言って食ってくれてる昨日と今日の客全員。この連中全員の気持ちを、今アンタはバカにしやがったんだ」


震える声で言いながら、幸直も拳を握る。

このクラスの生徒たち、みな今日のために準備に精を出していたのを彼は知っている。

そしてクラスメイトたちも皆、幸直がクレープの道を真剣に爆走しているのを知っている。

だからこそ、クレープの作成については全面的に任せてくれた。

担任も「懐かしいなあ」と言いながら任せてくれた。

実行委員会の生徒たちの中には初日に訪ねてきて味に感激し、わざわざ他の生徒たちに宣伝してくれる者もいた。

保健所の検査の際も職員たちは、保健所に戻る前に「頑張って」と温かい目で一言添えてくれた。

この二日限りのクレープ屋のために、どれだけの人間が関わっているだろう。

幸直は許せなかった。プロである目の前の男性にとってはお遊びでも、自分たちにとっては本気なのだ。


「なあ、テンチョー。謝れよ。俺たち、1-Dの生徒全員にだけでも謝れよ」


ずい、と兄と姪を押しのけるようにして前に出る。

その顔は、兄よりも怒りの色がすさまじかった。青筋が幾本も立ち、元から厳めしい作りの顔が迫力を増している。

そう、この男性は幸直のバイト先の店長、水木だ。

「面白い!」

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