妖精たちのクレープ屋さん
いよいよ最終回です。
あの春から5年後。
今年25歳を迎える幸直は、泊まりがけの出張で関西にいる。
キッチンカーの出店先にほど近いビジネスホテル、ツインルームの一室にて、館内着から制服に着替えているところだった。
ふと入れっぱなしになっていたテレビから、情報番組のアナウンサーの声が耳に入ってきた。
『続いてのニュースです。東京都○○区のパティスリーオーナー、――……』
その店とオーナーの名を、幸直は知っている。
確か先輩やクラスメイトが数人入社したはずの店だ。
自身も教員から推薦すると言われ、オーナー本人からもスカウトめいた声かけをされたが、一も二もなく断った。
つい気になり、ポロシャツのボタンを留めながらテレビに視線をやる。
『……――所属パティシエに対する恐喝などを繰り返していると内部告発を受け――……』
『……――オーナーの○○氏は、独立開業前に所属していたパティスりーでも、後輩パティシエに対する恐喝、レシピ盗難教唆などの――……』
『……――パティスリーに取材を申し込んだところ、「現在調査中により、返答は出来かねます」との回答が――……』
原稿の読み上げが進むごとに、彼の顔から感情が消え失せていく。
次のニュースに移った頃。ゆっくりと片方の口角が吊り上がった。
「……やっぱ世の中、悪いことが出来ないように出来てんだなァ」
思わずそう呟く。これは報いだ、と。
入社してしまった同窓生や先輩後輩たちは大変な目に遭うだろうが、どうか強く生きてほしい。
「なんか言ったか?」
身支度のために交代で洗面台を使っていた裕斗が、居室に戻ってきた。
誕生日を迎えると38歳になる彼は大人の円熟味を醸し出し、精神的な余裕も相まって、若い頃とは比べものにならないほど人から好かれるようになっていた。
そうなるように変わった最たる原因である幸直は、最近虫除けに忙しい。
師匠の疑問に、彼はパッと笑みを作った。
「いんや、なんでもないっす」
幸直はそう言いながら、彼の胸元で揺れたシルバーリングに目が行く。
ちょうど昨年。パートナーシップ申請に合わせてサプライズで贈った結婚指輪だった。
裕斗はそれを、仕事中はサージカルステンレスのネックレスチェーンに通して服の下に隠すようにしている。
幸直の指輪も同様に、仕事中はネックレスになっている。
この一対の指輪は、クレープ屋の仕事ぶりで信頼を得、同時にじっくりと口説き落とした末の結晶だ。
「……何だよ」
じっと見られていたたまれなくなったのか、裕斗は背を向けて咎めるように言った。
幸直は着替え始めた店長兼恋人に笑って言う。
「いいえ。ただ、幸せだなぁ、って」
その言葉に、裕斗はポロシャツの裾を整えながら視線だけ向けてきた。
「お前の幸せの概念は全部クレープじゃねえか」
苦笑しながら返ってきた返事に、幸直は苦笑を返す。
近づいて、薄絹の衣でそっと包むように彼を抱き締め、彼のつむじに口づけた。
「そこにあなたがいなけりゃ、何の意味もねえんすよ」
ひたすら慈しむような、熟れに熟れきった果物のような甘い声。
朝の雰囲気にはやや不適当な幸直のそれに、裕斗は瞬間的に顔を赤らめた。
(……何年たっても、俺からの口説き文句には弱いなぁ)
幸直は顔には出さずそう思った。
顔に出したが最後、一週間は地味に辛辣な態度しか取ってくれなくなることを、身を持って知っているからだ。
だが、今日はそうとはならなかったらしい。
ポロシャツのボタンを留めつつ、裕斗は眉尻を下げた苦笑を浮かべていた。
「……ばぁーか」
発した単語の割に、その声音は負けじと甘い。
裕斗が幸直の気持ちを全て受け入れてから二年。随分と愛情の受け取り方が上手くなった。
その証拠に、艶然と微笑みながら自身の口元を人差し指でタップする。
ふふ、と幸直は笑って、そこにキスを贈った。
ただし触れるだけ。あとは帰宅後のお楽しみだ。
名残惜しく触れ合いを終えると、付きっぱなしのテレビからは全国の天気予報が流れている。
『……――的にスッキリとした秋晴れとなるで――……』
(クレープとドリンクが同量ぐらい出るかもな)
天気予報を見ながらそう思っていると、着替えを終えた裕斗が近づいてくる。
「ん」
キッチンカーを1トンタイプに新調するときに定めた、店の制服。白いポロシャツと紺のスラックス、高見えする紺のスニーカー姿。
その姿で、水木は右手を差し出した。
幸直は跪いてその手を恭しく掬い取り、甲に忠誠のキスを捧げる。
恋人同士になってから、二人で朝を迎えた日の始業前に必ずこの一連の動作を行うようになった。
二人は確かに恋人同士で、パートナーシップ申請を済ませていることから幸直は最早事実婚の夫婦と自認している。
しかしそれはプライベートでのこと。一度商売の場に立てば、二人の関係は師匠と弟子、ビジネスパートナー、相棒へと変化する。
そのため二人で決めて、このルーティーンを取り入れた。
最初は二人の気持ちを切り替えるためでしかなかったが、意外に宣伝の役にも立ったことがある。
以前、幸直の知人で有名料理系動画クリエイターのチャンネルにゲスト出演した際に、一回だけ披露してみたことがあり、それが盛大にバズった。
それ以来、二人は主にSNS上で〝クレープ界の妖精王と妖精騎士〟と言われるようになったのだ。
幸直が見上げると、水木は不敵な笑みを浮かべていた。
「やるぞ、俺の忠実な弟子」
「うっす、師匠!」
さあ、甘い時間はこれまでだ。今日も客が自分たちのクレープを待っている。
二人は必要な荷物を持ち、キッチンカーで出店場所に出発した。
出店場所に着き、店名とワンポイント付きのエプロンを着け、生地とクリーム、果物の仕込みを終え、材料と資材の不備がないか確認する。
「……ん。師匠、時間ですぜ」
「おう」
レジ側で時計を確認した幸直が声をかける。水木は焼き台の前で、冷蔵庫に寝かせておいた生地を取り出した。
今回、某観光港湾地域で行われるデザートフェス二日間に出店を予定している。今日はその一日目だ。
早速、若い女性のグループがキッチンカーを目指してやってくる。
皆スマートフォンを持って、何かを確認するようにこちらと手元を見比べていた。
期待を抑えきれない顔でカウンター前に並んだ彼女たちに、二人は笑顔でこう告げた。
「いらっしゃいませ、フェアリー・クレープへ!」
完
幸直と水木の物語は、これにていったん完結です。
最後まで2人をお見守りくださり、本当にありがとうございました!
(キャラ紹介も出したいですねぇ……)
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