再会
幸直と水木の物語も、いよいよ最終章です。
2人がどのような答えを出すのか、どうぞお見守りください。
あれから4年ほどの月日がたった。
今は3月。別れの季節である。
式典ホールを備えたビルから、清廉なスーツやきらびやかな着物に身を包む若者たちが出てきた。
ビルのイベント電光掲示板には、「○○年度 大宮製菓喫茶専門学院 卒業式典・謝恩会」と書かれている。
今日、共に卒業を迎えた同窓生たちの隙間を縫って、一際背の高く体格のよく鍛えられた青年が猛ダッシュで去っていった。
彼の姿を見て、周囲にいた同窓生たちは顔を見合わせる。
「製菓科のクレープモンスター、めっちゃダッシュしてんじゃん」
「ああ。なんでもようやく今日〝妖精さん〟に会う許可が出たとかなんとかって、製菓科の方で聞こえたぜ」
「へえ……。叶うといいわね、あいつの夢」
同窓生たちに生暖かく見守られながら、彼は謝恩会の最中にSMSで端的に指定された場所に向かって走っていた。
まさか今日、卒業レセプションの直後に会ってもらえるとは思っていなかった。
青年――幸直は、そう逸る気持ちを抑え、通行人を巧みに避けながら道を征く。
指定された場所は、駅を挟んで反対側にある公園だった。卒業式が行われていたホールからは徒歩圏内である。
だがその距離ももどかしく、早く早く、と気ばかり急いてしまう。
「師匠……!」
恋しさに、小さく呟く。
アルバイトを辞めてから、幸直は言いつけを守るべく本当に彼と接触を持たなかった。連絡を取ることもSNSのアカウントを探すこともしていない。
実に4年振りだ。
駅構内を経由し、西口から人道橋で信号のいくつかをショートカットし、長い脚を活かしたスピードで公園に着く。
敷地に入ると、それはすぐに目に入った。
落ち着きのあるクリーム色の軽トラックサイズの車体。メニュー表と思しき色鮮やかな看板。側に置いてある、二人分の小ぶりなナチュラルカラーのガーデンテーブル。
ごくり、と幸直は唾を飲み込んだ。
ふらふらと近寄り、そして。
「すいません、イチゴクレープ一つ」
至極、至極真面目な顔をしてそう注文した。
キッチンカーの中にいる店主は、無表情になり……。
「……お前は本当にクレープのことしか頭にねえのな」
呆れたように言ってきた。
まるで子供のように注文カウンターに捕まり、幸直は店主――水木に泣きつく。
「し~しょお~! 4年振りの弟子へのダイイッセーがそれですかぁ~!?」
「うるさい泣くな。あとまだ弟子じゃねえだろうが」
丁々発止のやりとりの隙間から聞こえてくる生地の焼かれる音。
漂ってくる甘い香りに、幸直は身を乗り出して厨房の中を覗き込んだ。高身長故になせる技である。
「おい覗くな客! これでも衛生面にもこだわってんだこっちは!」
「えええ……。じゃあ匂いだけでも嗅がせてくださいよ」
「……勝手にしろ」
「よっしゃー!」
呆れたような水木から許可を得た幸直は、ふんふんと犬のように鼻を利かせた。
あまりの懐かしさに、うっすらと涙の膜が張る。
(あー……、ちくしょー……、泣くつもりなんぞなかったのになぁ……)
目の前で、幼い頃に一目惚れし、長じてからその想いが昇華した相手が、クレープを作っている。
師匠として尊崇し、妖精さんとしても恋い慕う相手だ。そんな相手が丁寧に作るクレープは、幸直の郷愁と欲を刺激するには十分すぎる品だ。
生地の香りの奥にあるフルーツの爽やかな風味を幸直が堪能している間に、水木はスライスとダイスのイチゴとイチゴソースを、ホイップクリームの上に散らし終わっていた。
慣れた手付きで生地を半分に畳み、クリームの起点を中心にするように円錐に巻いていく。
巻紙でラッピングし、テープで留め、差し出してきた。
「はいよ」
「あざっす! あ、支払いはこれで」
幸直は起動していたスマートフォンのコード支払いアプリを見せた。
水木がキッチンカーに導入しているレジは、いくつかのコード支払いと電子マネーに対応している。その中の一つをたまたま愛用していたのだ。
「530円にナリマース」
棒読み気味に応対する水木。読み取り機にスマートフォンをかざし、支払い完了の電子音が流れる。
すると、ゴム手袋の手がすい、とテーブルを指した。
「そこで待ってろ」
「うっす」
幸直はクレープ片手にテーブルセットに移動する。座ってリュックを膝の上に置き、大口でクレープにかぶりついた。
「んまっ!!」
上部からクリームを纏って見え隠れするスライスイチゴ。控えめな甘さのクリームと相まって爽やかな心地になる。ソースの甘さが更にそれを引き立てていた。
(んわ~~~~~! 4年ぶりの師匠のクレープだ~!! 美味いと甘いと合わさって幸せかよ~!!)
自分でも語彙力が消失している自覚がある。だが今は、本当にそれしか考えられなかった。
気付けば夢中で貪っていた。謝恩会で軽食は出ていて、それも食べていたはずなのに、飢餓感が止まらない。
ばりびり、と巻紙をやや乱暴にこじ開け、ガツガツと貪る。
そして最後の一口。もうクリームだけになったそれを名残惜しく口に入れ、咀嚼して、飲みこむ。
「……はぁ~……」
巻紙を小さく畳みながら、恍惚とした溜め息を着いた。気持ちも腹も落ち着いて、ガーデンチェアの背もたれに身を預け、目をゆったりと閉じる。
幸せな心地に身を揺蕩わせる。この4年で時折どうしようもなく襲いかかってきていた焦燥感と飢餓感が、一気に霧散したようでもあった。
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