ファンシーなのに直球の手紙
また水木視点です。
彼の幸直への気持ちが少しずつ変化していくき
幸直の退職日は、本人の希望とシフトの関係上、月最後の勤務日である今日となった。
平日のため、夕方5時から夜の9時までである。
(……そろそろ、アイツは帰る時間だな)
店の閉店作業は18歳以上の面々で行うため、彼はそろそろ帰宅の支度を整えている頃だ。
裕斗がそう考えていると、事務室の扉がノックされた。
「テンチョー、原田です」
ドアの向こうから声がかけられる。
「……おう。入れ」
「失礼します」
事務室に入ってきた幸直は、学校の制服姿だった。
彼は平日の場合、学校から直行してくる。
デスクの椅子に座ったまま向きを変え、彼を見上げた。そのタイミングを計っていたかのように、幸直は話し始める。
「シフトの時間が終わったんで、最後に挨拶してから帰ろうと思いまして」
「そうか」
「お世話になりました」
「おう」
幸直の退職理由は、店側には彼の一身上の都合として届けた。
本当は裕斗が彼に突きつけた条件が絡んでいるが、本人がそれを望んだのだ。
その時の彼の表情に、裕斗は並々ならぬ覚悟を感じた。
(……本当に怖い奴だよ、コイツは……)
いつか、自分をあっさり追い抜き、世の中のクレープ屋を蹴落とし、いつの日か日本のクレープといえば原田幸直、と言われるほどの人物になるのではないか。
裕斗はその時、そんな思いを持ったのだ。
ふと、ガサゴソと幸直が通学鞄を漁っているのに気付いた。
鞄の中から取りだした一通の封筒。その柄を見て、思わず裕斗は身を乗り出しながら目を見開いた。幸直の顔を見て、また封筒を見た。
お手本のような二度見をし、裕斗は溜め息とともに椅子に戻る。
「……お前、なんつう封筒取り出してんだ」
おおよそ、男子高校生が買うような柄ではなかったのだ。
そう、普通の男子高校生ならば。
「いいでしょう? 我が家待望の女の子な姪っ子とお揃いのレターセットっすよ」
鞄を背負い直した彼が手に持つ封筒は、カラフルなクレープが淡い色彩で印刷された柄だったのだ。
しかもセットということは、中の便せんもそういう柄である可能性がある。
好む小物までクレープ柄とは、と水木は額に手を当てた。
「……筋金入りのクレープ馬鹿ってことか……」
「いやぁ、褒められると思わなかったっすよぉ」
「褒めてねえ……」
額に手を当てたまま呆れていると、幸直はそれをそっと手渡してきた。
思わず受け取った封筒を指して、幸直が言う。
「これ、俺の気持ちを正直に書いてきました」
裕斗は幸直を見上げる。
彼はタハハと言わんばかりの、気恥ずかしそうな笑みを浮かべていた。
「流石に恥ずかしいんで、一人のときに読んでください」
そう言って、彼は一歩下がった。
深々と頭を下げる。
「短い間でしたが、お世話になりました。これから、師匠の弟子になるための修行にマイシンしてきます」
そう言って頭を上げた彼に、水木はふと衝動に駆られた。
封筒をキーボードの上に置いて立ち上がり、軽く握った拳でトンと彼の胸を突く。
きょとんとした彼に、わざと視線を合わせずに言った。
「……まあ、……頑張れよ」
すぐに離れる。途端に、幸直の威勢のいい返事が返ってきた。
「はい!!」
心底嬉しそうなそれに、裕斗はデスクに座り直して手を払う。
「とっとと帰れ未成年。帰るまでが外出だぞ」
「え、んええ? はい……お疲れ様でした」
激励されたかと思ったら帰宅を促された形になった彼は、少し戸惑いながらも事務室を出て行った。
裕斗は溜め息をつく。
(……まさか、今更俺が誰かに頑張れとか言うとはな……)
もう一度溜め息。じわじわと頬が熱くなってくるのを感じ、片手をあてた。
「……ほんとアイツ、ダンプカーか何かかよ」
裕斗としては、幸直という存在はそれぐらいのインパクトがあった。
幼い頃にしても、この数ヶ月にしても。
深呼吸をし、両頬を軽く打つ。
閉め作業のため、封筒を脇に避けてからパソコン作業を再開させた。




