学校祭のクレープ屋さん・1
今日は幸直が在学している高校の学園祭、一般公開日。
公開開始から、途切れることなく見学客が彼のクラスに訪れていた。
「チョコバナナ、ひとつください!」
「は~い、300円でーす!」
ぴっ、と右の人差し指を立てて注文した女児に対応する、制服姿の女子生徒。
普段は教卓が置かれているはずの黒板前は、即席のクレープ屋へと早変わりしていた。
色とりどりのチョークで描かれたクレープの黒板アート。天井から垂らした紐に結んだクリップでくくりつけた、イラストと値段が併記されたメニュー。
これらはクラスに在籍する、美術部とイラストが得意な生徒がチームを組んで描き上げた力作だ。
黒板前には長机が二列に数脚置かれ、前側は注文カウンター、クレープ焼き台、商品受け渡し場所となっている。
クレープ屋運営側の生徒たちの後ろに置かれている長机は、予備の材料などを仕舞っておくクーラーボックスを置く場所である。
「ユキちゃん、チョコバナナ一つ~」
「あいよ」
注文と会計係の女子の声に応えたのは、女子ではなかった。
クレープ焼き台の前にいるのは幸直だ。
跳ね放題の黒短髪を様々な果物がプリントされたバンダナでまとめ、ファンシーな絵柄のエプロン姿。
容貌と装備が不釣り合いな大柄の青年が、この学生クレープ屋の店主である。
注文を受けた瞬間、注文係の女子に一言返しながらレードルで生地を数回かき回し、成分を均一にする。
一杯分を掬い、一定の温度に熱された鉄板の上へ。
素早くトンボを手に取り、余計な水分を落としつつ集中。
手首を利かせながら、生地を中心から外周へと均一に広げる。
広げ終わると、トンボからスパチュラに持ち替え数秒待つ。
鉄板の淵から少しずつ生地を剥がし、裏返す。
数秒焼いてから、隣の長机に設置した丸い台に生地を置いた。
スパチュラを置き、解凍ホイップクリームを持ち、一切の躊躇いなく絞っていく。
生地の淵から中心まで横に一線。淵を起点に外周を半円分。
バナナをクリームの上に盛り付け、チョコソースを絹糸のようにかけ、生地を半分に畳む。
一線のクリーム部分を中心に巻いていき、巻き終え持ち上げ、紙で包む。
くるくると紙をクレープに添うように巻き付け、セロテープで留める。
最後に、製菓が得意な女子数人が昨晩作り上げたバナナ型のクッキーを一つ、上に覗いているクリームに刺した。
「はいよ、嬢ちゃん。お待ちどう!」
ニカッと笑いながら幸直は、わくわくとした顔をして作業を見守っていた女児に手渡した。
女児は、幸直の手際とクレープが出来上がっていく光景に興奮した顔で受け取る。
「ありがとう、こわいカオのおにいちゃん!」
こら! という母親の窘める声と、クラスメイトたちと居合わせた他の客の笑いが、同時に起こった。
「ングッ……、お、落とすんじゃねえぞ嬢ちゃん……」
幸直は、顔面凶器だの怖い顔だの言われるのにも慣れてはいる。
が、いたいけな幼児から、こうもキラキラした嬉しそうな顔と声で言われると、心にクるものがあった。
だから、複雑な顔でそう返すのが精一杯だった。
早速クレープをぱくついている娘の手を引きながら、母親は謝罪の会釈をしながら教室を出て行く。
その親子の姿に、幸直は懐かしいものを感じていた。だがすぐに入った注文に気持ちを切り替える。
生地を焼き、注文のイチゴクレープ、ツナマヨクレープを仕上げる。
仕上がりを待つのは、ツインテールにワンピースが可愛らしい女児を腕に抱く、はち切れんばかりの筋肉を持つ大男と、その隣に寄り添う美女の三人組。
「……お待ちどう」
幸直は、思わず苦虫を噛んだような顔になってしまう。
イチゴクレープを受け取りながら女児はにこにこしているが、大男の方はこちらを小馬鹿にしたようにニヤニヤしているのだから。
「なーくん、ありがと!」
「ありがとなぁ、な・ぁ・くん」
含み笑いを隠そうともしない大男の言に、幸直の堪忍袋の尾が無意識に切れかけた。
「……笑ってんじゃねえぞクソ兄貴ィ!!! ニヤニヤニヤニヤしくさりやがって!! 第一、なーくんって呼んでいいのはこっちゃんだけだっつってんだろうが!!!」
教室の後ろ半分を使って設置しているイートインスペースにいる客や、注文の順番待ちの客が何ごとかと視線を向けてくる。
そのとき、注文係の女子生徒が幸直の襟首を下から掴んで思い切り引っ張った。
「ウグェ!?」
「ハイハイ兄弟喧嘩しない!! 次の注文入ってんだから!!」
とどめに、パァンと尻を叩いていく。
家業の建築会社を立ち上げた祖父、それを継ぎ堅実に経営している父、後を継ぐために大工として現場で修行している兄と、三世代に渡って身体面を鍛えられている彼には、文化部の女子の張り手などそこまで痛くはない。
が、目の前で未だにニヤニヤしている大男――実の兄に見られたことは、少々いただけなかった。
「全く、兄弟喧嘩は家の中だけにしてよ。ほら、席座るよ!」
呆れたような顔をしている隣の美女――兄の妻である――にタンクトップの肩紐を引っ張られ、大男はついていく。
「なーくん、バイバーイ」
女児――姪は、可愛らしい笑顔を振りまきながら手を振っていた。
手を振り返し、姪の視界から自分が外れたところで、幸直は盛大なため息をついた。
ため息をつきながらも次の注文に取りかかる手によどみはない。
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