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あなたは俺のクレープ・フェアリー  作者: 雪玉 円記
4巻き目 弟子入り条件、4項目
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4つの条件

「一つ、まず高校は出ろ。二つ、俺が行ってた製菓学校の学科を主席、それが無理そうならせめてトップレベルの成績で卒業しろ。三つ、製菓学校に行ってる間、俺のところには来るな、そして俺のクレープを食うな。ここも辞めてもらう」

「えっ!!!??」


二つ目の条件までは真剣な顔でふんふんと聞いていた幸直だったが、三つ目の条件を聞いて、思わず渾身の叫びを上げてしまった。

そもそもアルバイトは、少しでもクレープの食べ歩きの回数を増やすために始めたのだ。

さらにここは師匠と仰ぐ水木が所属する店。幸直にとって、辞めない理由などどこにもない。あわよくば、今のように水木にクレープを作ってもらえたり、シフトの前後にクレープを買ったり出来たりする可能性が一ミクロンかはあるかもしれないのに。


項垂れ「クレープ行脚資金が……師匠のクレープが……」と嘆く彼の膝を、水木は爪先で小突く。


「おいまだ話は終わってねえぞ。四つ目!」


そして、4のハンドサインを眼前に突きつける。


「…………俺以外の奴に尻尾を振るな」


切実で、悲痛で、身を切るような痛みをこらえているようで、助けを求めているような声。

幸直は顔を上げて、少しだけ目を見開いた。

視界に入ってきた水木の表情は、幸直にとっては非常に庇護欲と〝食欲〟をそそるものだったからだ。


(……あ、あぁ、そうか、俺、)


イトにクレープを買ってもらったあの日、既に自分は水木裕斗という人間に、劣情込みの感情を持っていたのだ。

でなければ、どうして今目の前にいる、一回りも年上の男性に『クレープのようで美味そう』という感情を持つのか。

僅かに混乱している幸直を尻目に、水木は滔々とこの条件の補足を連ねる。


「……俺の通ってた専門じゃ、就職活動の時期になると成績優秀者には教務課やコース担当の教員からそれとなく、ここがいいんじゃないかってインターンや就職試験を進められる。お前がそれに一つでも乗っかった時点で、俺はこの四つ目の条件を反故にしたとみなす。周りが就職試験に奔走してる間、お前は悠長に構えてると思われるワケだ。同学年の連中にはいい顔をされないだろうし、お前の新卒カードは潰されることになる。それでもいいなら、今の四つをお前の卒業のときに全部達成できてたら、本気で検討してやるよ」


――さあどうだ、こんな条件呑めないだろう。だから拒否しろ。頼むから。また信じて裏切られるなんて目に遭いたくないんだ……!


(……と、でも思ってんだろうなぁ、師匠)


未来の師匠への感情を自覚した幸直は、少し俯いて笑う。


(俺が師匠を裏切ることなんてあり得ねえのに。ああもう、マジで)


ペロリと舌なめずりする。


(可愛いなァ……)


そう思ってから、ふー……、と細い息を吐く。

気持ちを落ち着かせ、普段通りの大型犬と揶揄される笑みを浮かべる。


「上等っすよ。成績はまだ分からねえけど、その他はぜってえ達成してやります。ていうか、四つ目なんか意味ねえっすよ。俺が師匠を裏切ることなんてぜってえあり得ねえ。地球が割れたってぜってえにあり得ねえっす」


その言葉に、水木は不機嫌そうに眉根を顰めた。


「……分からないぞ。人間の気持ちなんて、あっさり変わるモンだ」


本当に人間不信が根深い。

だが幸直は諦めない。クレープや〝愛しの妖精さん〟に関することで諦めるという選択肢は、彼は埃一欠片分とて持ち合わせていないのだ。


「いーや、俺のこの師匠へのリスペクトと愛はエベレスト並みにどっしりしてるんで、絶対にねえっすね!」

「あいッ!? ……ふ、ふん、どうだか」


その一言で水木はそっぽを向いた。

が、今どんな顔をしているのか、容易に推し量れる。

だって、首元まで赤らんでいるのだから。

幸直は跪いていた脚を伸ばし、彼の耳が大きめの囁きを捉えられるだろう距離まで近づく。


「……俺が条件をクリアしたら、まずは弟子入りをシンケンにケントーしてくださいね。……その後、少しずつ口説いていくんで、よろしく」


パッと手を離した瞬間、水木もぐるんと勢いよく幸直を見た。


「……はっ!?」


その頃には幸直は既に立ち上がり、パイプ椅子からクレープを持ち上げていた。

にかっと笑って、微かにクレープを振る。


「俺、師匠のこと、師匠としても人としても口説き相手としても好きなんで」


そう言うと、固まっていた水木の口が何か言いたげに戦慄き始めた。

だが言葉が見つからないのだろう。ま、とか、あ、とか文章にならない音ばかりが零れている。

このまま放置するのも可哀想だとは思ったが、適当なところで切り上げて帰らなければ母の拳骨が飛んでくる。

事務室のドアを開け、幸直は廊下の身を滑らせた。


「んじゃ、お疲れ様っした!」

「ちょま、」


水木の引き留めは、バタン、と言うドアに遮られた。

「面白い!」

「応援するよ!」

「続きが読みたい!」


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