真っ直ぐな気持ち
「……覚えてませんか、師匠。俺、師匠と始めて出会った学祭で、師匠のクラスでクレープ作ってもらったの」
唐突な話題の変換に、水木は怪訝な顔をするもその話に乗ってきた。
「ああ、そんなこともあったな。まったく、あんときゃまだ可愛げのあったチビ助だったのに、今じゃ天井を自分の頭で掃除するような巨体になりやがって……」
「いや天井なんかこすりませんから俺の身長で!」
「はいはい、迷子のおチビくん」
「うぐぎ……」
当時、兄のクラス展示に行くという母からわざとはぐれて逃げ回り、最終的に迷子になったのだから、それは確かに否定できない。
だけれど、言いたいのはそこではない。今の話はただのとっかかりだ。
幸直はじっと、静かに水木を見つめる。
その視線に水木は少し警戒をしたようだった。
「……、な、んだよ」
「……多分、ですけど」
普段の幸直からは考えられないほどに、静謐で、凪いでいて、押し殺した声。
突如様子が変わった彼に、水木は更に身を堅くした。
(……何かされるとでも思ったんかな)
過去の出来事のせいで、実質的に人慣れしていないだろう水木。ハリネズミかヤマアラシのように常にトゲを背負っていないと、潰れてしまうのだろう。
幸直はそんな彼のことを、年上でありながら庇護したいと思うようになっていた。
それを顔には出さずに、言いたいことの続きを口にする。
「こないだも言いましたが、俺の初恋はあの時の師匠……俺が妖精さんと言った兄ちゃんでした。ガキすぎて曖昧な部分が多いですけど、一目惚れだったんでしょうね」
「……、は?」
その発言は意図していなかったのか、水木の体の強ばりが違うものになった。
「ここ何日か、母ちゃんに話も聞きながら記憶の整理がてら自分の気持ちも整理してみたんす。あの時はガキすぎて分かりませんでしたけど、多分あの時俺は師匠……妖精さんに対して、初恋とかそういうものを感じてたんだろうと思います」
「……はぁ?」
突然何を言い出すんだとばかりに眉を顰める水木に、幸直は息を深く吸う。
認められなくてもいい。拒否されてもいい。
それでも、自分の偽らざる気持ちを、幸直はぶつけ続けることを選ぶ。
未だ治りきっていないだろう心の傷を痛めても、過去を話してくれた水木への誠意だと思っているから。
「……でも、師匠は前にやな思いしたって聞きました。だから俺の気持ちを師匠に押しつけるつもりはねえんす。ただ、俺は師匠の弟子になりたいってことは変わってねえすけど」
「……そこは諦めるつもりはねえのか」
「はい」
幸直は頷く。
「師匠は、チェーンの店長で終わるような人じゃねえと、ずっと思ってました。いつか日本どころか世界にまで飛び出して、宇宙制覇するのだって夢じゃねえ。そのとき、俺が一番弟子として側で一緒にクレープを宇宙人や師匠を傷つけた連中共の口に叩っ込む手伝いがしたいんすよ。そんで、ゆくゆくは俺自身もクレープ屋になりたいんす」
なんだか一部実現不可能なことが混ざっている夢に、水木は溜め息をついた。
「……いや、お前の未来予想図、壮大すぎるだろ。馬鹿じゃねえのか」
「それぐらいの意気でいるってことですよ」
流石に幸直も宇宙人を信じているわけではないが、宇宙人も認める味というのがロマンがあっていいと思っているのだ。
ギャラクシークレープもいいかもしれない、と頭の片隅でレシピを組み立てつつ、水木との対話を続ける。
「その図体でか? 詐欺じゃねえか」
「クレープ屋になって誰もが認めるようなビッグな男になって、いつかインタビューかなんか受けたときに『クレープの妖精さんのおかげで俺はクレープ職人としてビッグな男になれました』って言うんですよ、俺は」
「……ビッグなぁ。大した自信だな。あとクレープの妖精さんはやめろ」
「でも、今俺がこう」
幸直はあえて水木の言葉には反応しなかった。
ぐ、と伸ばせる分目一杯、水木に向かって手を伸ばす。
掌を上に、恋い慕う相手を求めるように。
「手を伸ばしゃあすぐ届く距離に、妖精さんがいる。実在してる。なら、我流でも他の奴のところでもなくて、妖精さんのとこで修行がしたい。なんなら一緒にクレープ屋をやりたいって思ってます」
水木は戸惑いとも躊躇いとも取れない表情を浮かべた。なんなら嫌悪もあるかもしれない。
それでも、今この空間にいる間だけは、幸直は自分の気持ちを止める気はなかった。
立ち上がり、パイプ椅子に食べかけのクレープを置いて、水木の膝元に跪く。
両手で、自分でも芝居がかっていると笑えるほどに恭しく、彼の手を取った。
その手がびくりと揺れる。
「この手は、少なくとも俺にとっちゃ宇宙一のクレープを生み出す手っす。師匠のクレープは宇宙一っす。師匠を馬鹿にする奴がいたら、俺が隣でいくらでもガンつけるし、悪質なクソ野郎だったら怒鳴って追い返してやります。師匠と、師匠のクレープを馬鹿にする奴なんざ客どころか人間でもなんでもねえ」
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