1にクレープ、2に労働
「はぁ……。妖精さんは今頃どこにいんだろなー……」
ここは、駅前のショッピングモールにテナント出店している全国チェーンのクレープ店。
そのアルバイトとして放課後や休日に勤務している、高校生の原田幸直はため息をついた。
通学鞄を背負いながら、スタッフ専用の出入り口からバックヤードに入る。
ちらりと事務室を見る。店長がパソコンで事務作業をしていた。
挨拶は大事だ。そう家族に躾けられている彼は一声かける。
「……水木店長、お疲れ様っす」
「……お疲れ」
表に出ている時以外は、常に無愛想で無表情な水木店長。
下の名前は確か、裕斗だったか? などと、幸直はぼんやり考える。
彼は事務用のパソコンのディスプレイに視線を固定したまま、こちらのことを見ようともしない。
それは、少なくとも幸直相手にはいつものことだった。アルバイト面接の時、つまり初対面からこうだった。
幸直は初めの頃、内心ではなんて野郎だとも思っていた。だが月日が経つうちに慣れてしまい、今やそういう人物なのだと割り切っている。
それでも、今日は少し訊きたいことがある。意を決して話しかけた。
「……あの~……、テンチョー……」
「……」
無言が返ってきた。幸直はめげない。
「……ちょっと、訊きたいことがあるんすけど……」
その一声で、水木店長は作業の手を止めた。
「……何だ」
幸直は明日から数日間、高校の学校祭のため休みをもらっている。
自身のクラス売店のことで水木店長に色々と意見を仰ぎたかったのだ。
「……ちょっと、俺のクレープの腕のコトでごシナンタマワリたくってっすね~……」
すると、水木は事務椅子に座ったままギロリと睨みつけてきた。
「……バイトチーフから、お前に教えることは材料を乗せる順番やソースのかけ方ぐらいしかない、って聞いてるが?」
祖父や、その昔なじみの本気の睨みと比べれば子供のようなそれ。
だが幸直はどこか気圧されてしまった。
店長の全身から、他人に対する分厚い壁が作り出されているのが、何となく分かってしまったからだろうか。
それでも彼は諦めなかった。
「い、いやぁ……、俺なんざ、チーフや店長に比べりゃまだまだ……」
へらりと笑みを浮かべてみる。しかしそれを店長は見ることなく、パソコンに向き直ってしまっていた。
「……クレープ作成のことに関してなら、チーフに訊け。今日は休みだがな」
そう告げながら、水木店長は話は終いとばかりにキーボードとマウスを操り始めた。
その顔に刻まれた眉間の皺の深さで、幸直はこれ以上の話は無駄と悟る。
(……やっぱダメだったかァ)
ため息をともに肩を落としながら、足早に自分のロッカーに向かう。
(水木店長は、俺だけじゃなくて他の人らともあんまり話さないしなぁ……)
それにしては自分は目の敵にされてやいないか、と思いながら、幸直は自分の名前が記名されたそれの前に立ち扉を開ける。
通学鞄を置き、高校の制服を手早く脱いで、クレープ屋の制服に着替え始めた。
彼は高校生かと疑われる程の強面と、自動販売機に並んでも競り勝つ身長を持つ。
長い四肢は若くしなやか、それでいて頑健な筋肉に覆われている。
それらに加え、雄々しい眉に吊り上がった三白眼、高い鼻筋に真一文字の結ばれた唇。
働き始めた頃に客から、クレープ屋じゃなくて建設現場で働けばいいのにと何度も言われた程だった。
だが彼は気にしなかった。お前がクレープ好きとかミスマッチにも程があるなどと、口さがないことを言われるのは幼い頃からしょっちゅうだった。すっかり慣れっこだ。
他人に自分の好きなものを否定される謂れはない。それを胸に刻んで、今日も幸直は生きている。
ロッカー扉の備え付け鏡は、彼には少し高さが足りない。屈みながら確認しつつ帽子を整え、シャツのボタンを留め、店のロゴ入りエプロンの腰紐を締める。
最後に、ぱちん、と両頬を軽く叩いて、準備完了だ。
「っしゃあ、今日もやんぞ、俺! クレープ行脚資金のために!」
そう、彼は無骨の擬人化と友人に言われる容姿でありながら、無類のクレープフリークでもある。
地元である埼玉県は中学生の内に制覇している。今は新規開店した店を訪ねたり、支援のために既存店をリピートする日々だ。
今の野望は、高校生のうちに隣都県のクレープ店を全制覇することである。
将来的にはクレープに関わる仕事がしたい。出来ればクレープ屋になりたい。
行脚の資金稼ぎとクレープ作成の修行の一環として方々応募し、受かったアルバイト先が、このクレープ屋だ。
少しでも貯金額と経験を増やすために、幸直は今日も真面目に働く。
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