学校祭のクレープ屋さん~エピソード0~・2
思い出は今回で終わります。
「ユキナオォッ!!! あんたどこ行ってたのッ!!!!」
前部出入り口から、女性の怒鳴り声が轟いた。
男の子はビクゥッ、と全身で飛び上がる。
「かっ、かーちゃん!?」
教室中の視線が、ずんずんと入ってきた女性に注がれる。
美人ではないが、愛嬌があるのだろう容姿の女性だ。
若い頃は可愛らしかったのだろうと思う。
……が、今は勝手にはぐれた幼い我が子への心配のあまり、般若になっている。
父子客が恐れおののきながら教室内の中程まで後ずさり、他の客も壁際にべったりと後ずさった。
その瞬間、母親は容赦なく我が子のてっぺんに手加減なしの拳骨を落とす。
ひえっ、という小さな悲鳴が上がる中、子供はクレープを持っていない片手で頭を押さえている。
「え……、ヤバ……、虐待……?」
注文担当女子が、蒼白に呟く。
が、男の子は周りの想定を大幅に裏切るほど強かった。
「~~~いってぇぇぇ!! なにすんだよっ!!」
涙目ではあるものの、クレープを落とさないように胸に抱き込むようにしながら男の子は、負けない勢いで母親に怒鳴り返す。
周囲がぎょっとする中、母親は勢い衰えず叱り飛ばした。
「アンタが勝手にいなくなるからいけないんでしょうが!! まったく、ほら行くよ!」
母親は言うと、男の子の手を握ってきた。
そのとき男の子は何かを思い出したかのように、母親にクレープを掲げる。
「かーちゃん! これ、これ!」
「……ん? ……あんた、まさかこれ、人様から盗んだんじゃないだろうね!!!!」
また般若になった女性に、裕斗は慌てた。
まさか、自分のほんのかけらの善意がこんなことになるとは思ってもいなかった。
それにこれ以上、女性を般若にさせるわけにも、子供の頭に衝撃を加えさせるわけにもいかないと思った。
「ま、待ってください違うんです! 息子さんがお腹を空かせていそうだったので、俺の独断でクレープをその子にあげたんです!」
瞬間的に、女性が裕斗に顔を向けてきた。
「……本当なの?」
「ほ、本当です!」
周囲の生徒や客もこくこくと頷いている。
その反応を見て、女性はようやく般若から人間に帰ってきたようだった。
「あらまあ、そうだったの……。でも、出店の売り物だったんじゃないの?」
「いいんです。それくらいの年齢の子供は無碍にはできないでしょう」
「そう、ありがとうね。こんなおバカのために……」
女性は一旦子供から手を離すと、リュックの中から財布を取り出す。
「いくらなの?」
「い、いや、お金は……」
「いいのよ。ここでしっかり払っておくのも、必要なことだわ。あなたたちにも、このおバカにも」
裕斗はそう言われ、クラスメイトたちに目配せする。
皆、一様に頷いた。
(……多分、払ってもらっておけ、ということだろうな……)
金額と出た品物の差は発生させない方がいい。
裕斗自身、後で自分の財布から払うつもりだったが、忘れてしまうこともあるかもしれない。
それなら、支払いの意思を見せている保護者に払ってもらうのは悪いことではないだろう。
「300円です。支払いはこっちの生徒に」
裕斗はそう伝える。注文担当の女子が会釈した。
女性はそれを確認し、はい、と女子に300円を手渡す。
「ありがとうございました」
「はい、どうもありがとうね。ユキナオ! お兄さんたちにありがとう言いな!」
そう言われ、男の子はもぐもぐしながら顔を上げた。口元や頬にクリームのかけらがついている。
母親と高校生たちのやりとりの最中、どうしても食欲に抗えなかったらしい。
あんた……と呆れる母に構わず、男の子はにぱぁと笑った。
「ん。ありがとな、よーせーさん!」
瞬間、教室内の時が止まった。
「………………ようせい、さん?」
まっすぐ自分を見上げてくる男の子。
裕斗は呆然としながら、自分を指差して訊いた。
「おう!」
男の子は、未だ紅潮した頬ときらきらの目で、こっくりと頷く。
「だってよーせーさんなんだろ!? ツクルンジャーのよーせーみてーに!」
「ツクルンジャー?」
なんだそれは、と裕斗は思わずオウム返しに聞き返してしまった。
気付けば彼の母親は頭を抱えている。
訊かれたのが嬉しかったのか、水を得た魚のように男の子はしゃべり始めた。
「ツクルンジャーにはな! ひとりずつよーせーがいるんだ! ピンクルンジャーはおかしつくって、ピンクルンジャーのよーせーもおかしつくるんだ!」
「へ、へえ……」
怒濤の勢いに裕斗は少し引いてしまった。
かつての自分にもこんなときはあったのだろうけど。
つたないものの、ペラペラと淀みなく喋り続ける男の子に、母親が呆れたように声をかけた。
「こら、そろそろ行くよ! お兄ちゃん待ってるんだから!」
「え~……」
「えーじゃないの! まったく……」
渋る男の子の手を握って、女性は生徒たちに頭を下げる。
「皆ごめんなさいね、相手させちゃって」
「あ、イイエ……」
女子が呆然と返答する。
母親はまたクレープにぱくついている男の子に挨拶を促した。
「ほら、お兄さんたちにバイバイしな!」
「んぐ」
ごくん、と男の子は口の中のものを飲み込んだ。
「よーせーさんとにーちゃんねーちゃんたち、またなー」
「こらっ、クレープ落とすよ!!」
空いていた手は母親に繋がれているため、クレープを持っている方の手で、ぶんぶんと手を振る男の子。
母親に叱られながら、教室を出て行った。
「……なんか、嵐みたいだったな」
誰かがぽつりと呟いた。
その発言に、教室内の誰もが頷いたのだった。
だが裕斗の心の中で、その小さな嵐がまだ暴れていた。
どうしてか、色々な思い出が去来していた。
母の焼いたホットケーキを頬張って「おいしいねえ」とふわふわの笑顔で言う弟。
母の作ったつまみで晩酌をし、「今日も酒が美味い!」と喜んでいた父。
家族の喜ぶ顔が見たいからと、毎日台所でたくさんの料理を作って自分たちの帰りを待ち受けてくれていた母。
もう二度と見ることの叶わない光景。思い出すのがあまりに辛くて、意識的に忘れようとしていた光景。
(……どうして、今ここで思い出すかな……!)
何度拭っても拭っても、あふれ出す涙。
クラスメイトたちは流石に異変を感じ取ってくれたのか、保健室か、生徒の控え室になっている空き教室への移動を進めてくる。
素直に感謝しつつ、裕斗は携帯電話だけ持って、サボり場所である屋上への階段を目指して歩いた。
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