水木の感情
ここから数話ほど水木視点になります。
翌朝。ここは水木が祖母と暮らしているアパートだ。2LDKの2階の一室に二人で暮らしている。
今日の水木は午後からの出勤なので、朝はゆっくり出来る。のんびりと朝食を摂っていた。
食後、イトがお茶を用意しながら水木に言う。
「……そう言えばね。ゆきくんが昨日、ゆうちゃんのこと心配してたのよ」
「……は?」
思わず、茶が器官に入りそうになった。
「……ていうかばあちゃん、誰そいつ」
「あらやだ、ゆうちゃんたら。おばあちゃんより50も若いのにもう忘れちゃったの? こないだおばあちゃんの荷物を持ってくれた、ゆうちゃんとこのアルバイトの男の子よ~」
「……ああ、アイツか」
眉を顰め、水木は茶をすする。
水木自身、幸直の能力を認めていない訳ではない。
面接で、「幼い頃からクレープにハマり、中学生の頃には業務用の焼き台で訓練を重ねてきた」と豪語していた通り、彼の技術は本物だと認めざるを得なかった。
だがそれだけだ。仕事の部下として一定の信用はしているものの、それ以上の感情は持ち合わせていない。
……持ち合わせていない、はずだった。
「ゆきくん、昨日ゆうちゃんがお仕事場で急に具合悪くなっちゃって、どうしたんだろうって思ってたみたいでねぇ」
その言葉に、ぎり、と水木は歯を食いしばった。
(……ああ、もう、せっかく忘れかけてたのに)
どろりと内に広がる、どす黒い感情。
罵られ、蹴落とされ、裏切られ、一時は自死を望んでいたほどに絶望の淵で狂っていた頃の、コールタールのようなそれ。
水木はそれがもたらす体調不良と、昨晩中戦っていた。
優しい祖母にあの時のような心痛をまた与えたくなかったから。
だから水木はこう言うのだ。
「……大丈夫だからばあちゃん。ばあちゃんが心配するようなことなんてなにもないから」
すっかり笑みの形を忘れてしまった表情筋をなんとか動かし、祖母に笑いかける水木。
「そう……?」と眉根を寄せて心配する祖母に、念押しのように「大丈夫だから」と重ねる。
「にしてもあのガキ、ばあちゃんにチクりやがって」
そう吐き捨ててから、嘔吐もしていないのに胃酸の味のような不快感が襲ってきた口腔を、茶で流すように飲み込む水木。
するとイトが、まあ、と言ってから苦言を呈してきた。
「ゆきくん、ゆうちゃんのことを師匠って言って慕ってくれてるのよ? あんまり邪険にしちゃかわいそうよ。ね?」
ほけほけ微笑む祖母に、水木は何も言い返す言葉が浮かばなかった。
いい頃合いにぬるくなってきた茶を一気に飲み干し、ごちそうさまと挨拶してから台所に持っていく。
湯飲みを他の洗い物が入っている洗い桶に入れ、スポンジと洗剤を手に取る。
祖母の家に戻ってきてからは、食事後の洗い物を自然と水木が担当するようになったのだ。
泡を纏った食器を洗い流しながら、水木がため息をつく。
(……他人なんて、所詮陥れてナンボの存在だ。蹴落として、蹴落として、自分が勝ち組としてのし上がっていくには邪魔な存在。……俺は、蹴落とされた)
かちゃ、と茶碗を水切り籠に重ねる。
(……あのガキは、その他人である俺にヘラヘラとつきまとう。ちょっと前まで気まずそうにしてたくせに……)
味噌汁椀をすすぎ、茶碗の上に伏せる。
(……しかも、言うに事欠いて人のこと妖精さんだのなんだの……。こんなアラサーのおっさんつかまえて……)
皿を籠に立てた時だった。
脳裏に、忘れもしないとある幼児の笑顔が浮かぶ。
『ありがとな、よーせーさん!』
蛇口から流れる水を止め、水木は重いため息を落とした。
どうしても、元担任が言っていた〝あの子供〟と現在の幸直が、水木の中でイコールにならない。
……いや、それは水木が意識的に目を反らしているだけだ。
本当はニアリーイコールぐらいになる程度に、面影を見出してしまっている。
(……妖精さん、か)
再び手を動かしながら、水木がその時の記憶を思い出していた。
中学生の頃に両親と弟が不慮の事故で亡くなってから、ずっと塞ぎ込んでいた彼の心を掬い上げてくれた小さなヒーロー。
彼との出会いと別れの一瞬を。
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