そうだ、相談しよう。
幸直は帰宅後、夕食をとってから自室に籠もっていた。
今日水木に先輩と呼びかけた男は何者なのか。
水木の涙に隠された悲憤の正体。
その姿を見てから己の中で急速に形作られ始めたモヤのような想い。
その場では取り繕ったように逃げ出したが、初恋だったのだということまで言うつもりはなかったのだ。
帰路からずっと悶々とし、あまりの羞恥にわざと意識的に感情の起伏を飛ばし、布団に寝っ転がって考えていた幸直だった。
が、不意にスマートフォンに目を向ける。
「……そうだ、こういう時は」
画面を付け、メッセージアプリを表示させる。
「イトばあちゃんに相談だな」
呟きながら、幸直は今日あったことを入力していく。
自分の幼き頃の初恋が〝妖精さん〟だったのだとカミングアウトしたことを除いて。
「『……てぇことがあったんすよ。』っと。送信」
送信ボタンをタップし、イトからの返答を待つ。
その間、ゴロゴロしてばかりもいられないと、学校の課題に取り組むことにした。
机に座り、教科書やノートと格闘すること数十分後。イトからの返答が来た。
『ゆきくん、こんばんわ。』
『お夕食の支度とお風呂に入ってたらこんな時間になっちゃったわぁ。ごめんねえ。』
イトからの返信通知音を聞いた瞬間に、幸直は課題を放り出した。
スマートフォンの画面を点灯させかじりつく。
『それにしても、今日そんなことがあったのね。だからゆうちゃん、帰ってきてから元気があるようなないような感じだったのねぇ……。』
アプリを開いてすぐにこう追記され、幸直は今までにないほど高速で指を動かした。
送信。
『師匠ほどの腕の人が、チェーンのクレープ店にいるってのもちと不思議だし、もしかして、例のヤツと前になんかあったんじゃねえかって思ってんすけど……。』
『ばあちゃん、なんか知らねえ?』
とどめとばかりに、バニラアイスをかたどったしょんぼりした猫が乗ったクレープのスタンプを送信する。
既読が付き、画面に動きはない。時計の秒針が一周した頃、幸直は少々の焦りを覚え始めた。
(……あれ? ば、ばあちゃん???)
どうしたのだろう。まさか何か体調を崩してしまったのだろうか?
(え、でも俺ばあちゃんの名前しか知らねえぞ? 住所知らねえと救急車って呼べねえだろ? えっ、どうすりゃいいんだ……?)
おろおろ、そわそわ。
勉強机から立ち上がり、スマートフォン片手に室内をうろうろしながら考える。
そんなこんなで、秒針がさらに二周半した頃。
唐突にイトからの返信が返ってきた。
『……ゆきくん。今からおばあちゃんがする話は、誰にも内緒にしてほしいのよ。』
「えっ」
その文面を見て、思わず声を上げる。
「え……、な、内緒話? ってどういう」
ことだ、と言いかけたとき、更に送信されてきた。
『ゆきくんも、自分の辛い話を言いふらされたくないでしょ?』
『おばあちゃん、ゆきくんなら大丈夫って思ってるから、この話をするのよ。』
『でもね約束して。ゆうちゃんが、ゆきくんを信用できるようになるまで、この話をおばあちゃんから聞いたってことを言わないで欲しいの。』
これらの文面を見て、幸直は思わず息を飲んだ。
「……師匠の、辛い話……?」
だが、幸直は意を決した。
水木のあの、ショックを受けたような白い顔色。スパチュラにも伝わるほどの震え。店内の仕事仲間は誰も聞いたことがないだろう、弱々しい声。男性の立つ瀬のなさそうな表情。
あのときいたのが実家の資材庫だったなら、間違いなく幸直は足場用の鉄パイプをへし折っていた。それぐらい、彼は頭にきていた。
アルバイト先であること、客がいること、クレープやメニューの作成に陣取れたことが、彼の怒りを抑えていたのだ。
その原因をイトが知っているなら知りたい。幸直はその一念で、フリック入力する。
『わかったよ。誰にも言わねえ。』
既読。
チッ、チッ、という秒針の動く音がなんともじれったい。
程なく、イトの返信が帰ってきた。
『ゆうちゃんはね、昔、東京の洋菓子屋さんで働いていたのよ。』
「えっ!?」
そんな話初耳だと、幸直は思わず声を上げる。
しかし彼は、所属店員の履歴書を見ることが出来る位置にいない。知らないのも当然だ。
『そうなんすか!?』
おまけでびっくりしたクレープのスタンプも送っておく。
すぐに、『せやねん。』という吹き出し台詞のついたゆるい犬のスタンプが返ってきた。
『だけど、そこでちょっと辛い目にあっちゃったみたいでねぇ……。仕事を辞めて、おばあちゃんと暮らすって言って戻ってきたの。』
『どんな目にあったのかは、絶対に教えてくれないんだけどね……。』
イトから送信されたメッセージを見て、幸直は息をつく。
机の椅子に座り直してから、返信を打った。
『そうだったんすか……。』
『今日来てたその人は、そのときに関わりがあったんじゃないかしらねえ。』
『なるほど……。』
幸直は天井を仰ぐ。
確かに水木のあの反応は、何かしらの被害に遭い、それがトラウマになった人物の反応のように見えた。
イトには『ありがとうございます。』という台詞と共に笑顔でお辞儀しているクレープのスタンプを送信しておいた。
すぐに、にこにこ笑顔で手を振る三毛猫のスタンプが返ってきた。
それを見届けてからアプリを閉じ、スマートフォンを机に置く。背もたれに深く身を預けて目を閉じる。
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