見え隠れする過去・2
(……し、しょう)
幸直はそれに、水木自身の深い深い慟哭を感じ取った。
彼の傲慢にすら見える普段の態度には、隠された理由があるのだと悟る。
そして、その慟哭を、悲嘆を、苦痛を、和らげて取り去りたいとも思った。
そのベースにあるのは、幼い頃の淡い想い。
学校祭で水木が妖精さんだと判明するまでは、泡沫の夢のように脆く判然としなかったそれ。
高校生当時の水木を知る者は、恐らく当時の彼と今の彼は性格が変わってしまったと言うかもしれない。
だがほんの僅かな時間であったが、彼が祖母に接する姿を見ている幸直にとっては、水木の根本の性格は変わっていないと思っている。
(きっと、師匠は歳を食うにつれて捻くれ度が進行してるだけで、本当はとても優しい人だ)
決して傷つけないように柔らかく、それでもすぐには振りほどけないであろう力加減で、水木の左手を己の右手で掴む。
息を飲む水木。幸直は内心、自分よりも小さな手に戦慄する。
(じゃなきゃあ、見ず知らずのチビガキにクレープをオゴるなんて真似するかよ)
先ほどからじっと見下ろしてくる幸直に、水木の額に冷や汗が浮かんでいた。
幸直はそれすら愛おしい物のように感じてしまう。
「俺じゃ、師匠の助けになれませんか」
今度は水木が目を見張った。
「俺は、師匠の助けになりたいですよ」
そう言う幸直を、水木は名状しがたいモノを見るような目で見ていた。
「……なに、言ってんだ……? お前……」
「イトばあちゃん以外の他人に無愛想で、俺には更にもう一段無愛想だったとしても、師匠は本質的に優しい人だって、俺は信じてます」
「っ……」
ひゅ、と水木の喉が引き攣った。
「優しい人だから、あの日、俺にクレープを渡してくれたんすよね。分かってますよ」
その発言に、水木はまた頭に血が登ってきたらしい。
わなわなと両肩が震え始めた。
「……てめえ、好き勝手に言わせておけば……!」
「俺だって、人間って生きモンに薄汚い人種がいるってことぐらい分かってますよ」
幸直とて、世間を何も知らない訳ではない。
世の中とんでもないクレームをつけてくる人間がいることは、父や祖父たちの様子を見ていれば何となく推し量れる。
それに、伊達に幼い頃からクレープ行脚と称した小旅行を繰り返していたわけではないのだ。
だが幸直がそう言ったこと自体が、とんでもなく予想外だったのか。水木はぽかんとしてしまった。
「でも、俺は俺が大事だと思ってる相手には、ポカはやらかしてもセージツではありたいと思ってます。家族、ダチ、見捨てないでくれる先生、俺によくしてくれる人ら、クレープマニア仲間、そして、」
ここで幸直は完全に無意識で、水木の左手を掴んでいた手の力加減をやや弱めた。
振りほどこうと思えば振りほどける程度。多少の妨害では切れない程度。
「師匠もです」
水木は何も言えなくなっていた。
「だから、俺は師匠の助けになりたいんですよ。……俺の初恋は、〝妖精さん〟だったもんでね」
「へ、」
今度こそ、水木から間抜けな声が出た。
幸直は手を離して、既に握力の抜けた水木の手を自分の胸倉から外す。
服を無造作に引っ張って胸倉を直しつつ、未だ固まっている彼にこう付け加えた。
「まあ初恋は実らんって言いますし、今のは忘れてください。幼稚園児が「センセイとケッコンするー!」って言ってるのと同レベルでしょうし」
幸直は素早くドアを開け、体を廊下に滑り込ませる。
「んじゃ、お疲れ様っす!」
バタン、とドアを閉めると、全速力で帰路についた。
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