見え隠れする過去・1
幸直のシフトには、土日祝日は朝から夕方というパターンがある。今日もそうだった。
勤務時間を終え、幸直は自分のロッカーで着替えを済ませていた。
ばたん、と扉を閉じ、重いため息をつく。
「……そういや師匠、あれからずっと表にも出てきてねえな」
ふと、顔色の悪い水木をバックヤードに促してから、姿を見ていないことを思い出した。
幸直は少し様子を見てから、帰宅することにした。
そろりそろりと忍び歩き、ロッカーから事務室の前に立つ。
控えめにノックし、声をかけた。
「……師匠? 大丈夫っすか?」
幸直はノックし終わったポーズのまま返答を待つ。
しかし返事がなかった。
(……? 師匠?)
もしや体調まで悪くなったか? と幸直は心配になる。
(……もしかしたら、今は誰とも顔をあわせたくないかもしんねーけど……)
もし中で倒れていたりなどしたら大変だ。
そう判断した幸直は、事務室のドアノブを回した。鍵はかかっていない。
キィ……、とゆっくり開けてみると、水木は両手で顔を覆い、パソコンデスクに肘をついて項垂れていた。
ドアの開いた音に気づき、彼はゆらりと顔を上げる。その表情は無に等しかった。顔から血の気が引いていて、痛々しいほどに白い。
「……なんだよ」
水木は幸直の姿を認めた瞬間、ハッ、と投げやりに鼻で嗤ってきた。
「わざわざ帰る前に無様だとでも笑いに来たのか? 別にいいぜ、人間なんざそんなモンだって分かってるからな」
「い、いや、そんなつもりじゃ……」
「お前もどうせそうなんだろ。口じゃ勝手に師匠だのなんだの言って纏わり付いておいて、結局は勝手に見限る。ああそうだよ、人間なんて皆身勝手でエゴの塊で保身に余念がない生き物ばっかりだ」
幸直の静止も聞かず、水木は蕩々と言葉を重ねていく。
その瞳にも、耳にも、幸直の姿と声が届いていないようだった。
(……師匠、一体どうしちまったんだよ……!)
幸直は戸惑った。急にこんなことを言われる理由が分からなかったのだ。
だが一つ言えることは。
「……師匠。もしかして、さっきの野郎は、その考えに何か関係ありますか」
刹那、ぴくり、と水木の指先が動いた。それから、電源の落ちた機械のように動きを止める。
俯き加減に水木は言った。
「……どうしてそう思う」
「……あの野郎、師匠のこと先輩って呼んでたでしょ。そんで、そっから師匠は具合が悪そうになった。今も顔色悪ぃし。そんなん、なんかあったっつってるようなもんですよ」
水木はまた鼻で嗤った。
「それをお前に教えてなんになる。第一、もう終わった話だ」
「……確かに、そうかもしれねえけど。でも師匠、俺は師匠のことを心底尊敬してるってのは、本当のことです」
「……は?」
幸直の発言に、徐々に水木の顔に色が戻ってきた。
それは、怒りの色だった。
ガッと幸直の胸倉を両手で掴み、水木は鬱憤を晴らすかのようにまくし立てる。
「……てめえ、ナマ言ってんじゃねえぞ。何が心底尊敬してるだ。どうせてめえも尻尾振って油断させておいて、すぐに俺を裏切るつもりでしかねえんだろうが!」
「は?」
そんなワケがない、と幸直は思った。
だがそれを口にする前に、目を見張ってしまう。
水木は、静かに泣いていた。
怒りの形相に顔を歪ませたまま、目から一筋、たった一筋だけ、涙を流していた。
「面白い!」
「応援するよ!」
「続きが読みたい!」
など思われましたら、下部いいねボタンや、☆マークを
お好きな数だけ押していただけると嬉しいです。
感想やブックマークなどもしていただけると大変励みになります。
何卒よろしくお願いします。




