テメェ師匠のなんなんだ? アァン???
イトと知り合ってから数週間経ったとある日曜日。ようやく関東にも秋の空風が吹く季節になった。
今日の幸直は午前中からレジに入っている。
客は今日も途切れなく、背後の焼き台では水木がクレープ生地の焼成を、別のアルバイトがホイップや盛り付けなどの仕上げを担当していた。
幸直は注文と支払いを終えた客を商品受け取り口に誘導し、次の客に向き合う。
「いらっしゃいませ! 店内でお召し上がりですか、お持ち帰りですか?」
なるべく爽やかに見える笑顔、声も少々高めのトーン。それを心がけながら、幸直は挨拶する。
アパレル勤務経験のあった義姉から、『お客さん相手にはなるべく愛想良くしな。ナオっちはガタイがよくてぱっと見コワいから』という教えが元だ。
次の客は、幼い娘連れの夫婦だった。娘は父親と思しき男性に抱き上げられながら、クレープのイラストをじぃっと眺めている。
妻であろう女性が口を開く。代表して注文するようだった。
「店内で、イチゴクレープ1つと、ロイヤルミルクティー1つ、ストレートティー1つお願いします」
「かしこまりました」
幸直は注文を復唱しながらレジに打ち込んでいく。
女性はクレジットカードで支払いを済ませ、家族とともに受け取り口の方に向かった。
次の客の注文を受けているとき、その言葉が耳に飛び込んでくる。
「……先輩!?」
(? 何だ?)
幸直はちらりとそちらの方向を見る。すると、娘を抱いたままの男性は厨房の方に視線を向けていた。
一旦幸直はレジに向き直り、男性の視線の方を確認する。
(……え?)
その先では、水木がスパチュラを握ったまま硬直していた。先端がフルフルと震えている。
はく、と口が戦慄いているのを見て、幸直は思わず客がいるのも忘れて近づいていった。
「……テンチョー」
「っひ、」
声をかけると、あからさまに怯えられた。
だが相手が幸直だと分かると、息を吐きながら顔を背ける。
「顔色が悪いです。バックヤードにいてください。表は俺と相沢の姉御に任せて」
相沢と言うのは、盛り付けを担当しているアルバイトである。ちなみに若い女性のパートタイマーだ。
しかし相沢は何かを察したらしく、素早く手袋を規定のゴミ箱に脱ぎ捨て、笑顔を浮かべて待たせっぱなしの客の応対に向かった。
「お待たせしてしまって申し訳ございません、ご注文を確認させていただいてもよろしいでしょうか……」
その声を背後に、幸直は素早く手指消毒と手袋装着を終える。
「店長」
やんわりと、しかし有無を言わさない声音で、水木に促す。
水木はぎ……と奥歯を噛みしめ、スパチュラを置いた。ふらりとバックヤードに続くドアに向かう。
「……任せた」
か細いその声を残して、ドアを閉める。
幸直はそれを見送ってから、スパチュラを取りながら注文を確認しつつ、すっかり焦げてしまった生地をジャッと剥がし、新しい生地を焼き台に流す。
片面が焼き上がるのを待つ間、受け取り口にいる男性に視線を向けた。
男性は、気まずそうに俯いている。
(……なんだァ? あの野郎。師匠を怯えさせて体調不良にさせときながら、なに手前ェが被害者みてぇな面ァしてんだ? アァ?)
脳内でヤンキー丸出しなことを考えつつ、手はいっぺんの狂いなく生地の焼成と盛り付け、巻紙の仕上げまでこなしていく。
サーバーからレシピ通りにドリンクをカップに注ぎながら、幸直は決意する。
所々にビキビキと血管を浮き上がらせ、厨房の中を見てしまった客に恐怖心を植え付けていることに気付かず。
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