インターネット文通始めました
十数分後。
なんとか確保した二人がけのテーブル席で、イトはクレープ両手にぷんぷんしていた。
「まったく、今日のゆうちゃんは意地悪だわ! おばあちゃんね、ゆきくんの分はイチゴバナナショコラにしてあげてって言ったのに、ゆうちゃん勝手にこれにしてきたのよ!」
かたん、とファーストフードのトレーを置いた幸直に、イトはずい、とバターが一かけ乗ったクレープを差し出した。
受け取って、一目見る。
「……シュガーバターっすね、これ」
シナモンシュガーバターと並んで、チェーンのクレープメニューでは一番安いと言うことは黙っておく。
「それなのに、おばあちゃんの分はちゃんと注文通りなの! まったく、おばあちゃん、ゆうちゃんがあんな意地悪する子だとは思ってなかったわ!」
もう片手に握られているのは、イチゴチョコだった。
「……あはは。ししょ、テンチョーはなんか俺のこと気に入ってないみたいなんで。イラッときたんじゃねえんすかね。あ、ばーちゃんに水汲んできたよ」
「ありがとう」
ぷりぷりしながらも、イトは素直にセルフサービス水の紙コップを受け取った。
一口クレープを食べてから、イトは更に言い募る。
「おばあちゃんね、なんでこれなの? ってゆうちゃんに訊いたのよ! そうしたら、『ばあちゃんの恩人だろうが、あいつにはこれで十分なんだよ』ですって! おまけにね、『シフトの時間に遅れたら、その分給料からさっ引くからなって伝えてくれ』ですって!」
「あはは……」
ハンバーガーの包みを解きながら、幸直は内心悲しくなった。
なんだか、学祭を境に当たりがよりキツくなったな、と……。
(……まあ、辞めるつもりなんざ、まっっったくねえけど)
ハンバーガーにかぶりついて幸直は思う。
今までどこにいるのか分からなかった妖精さんが、ひょんなことからアルバイト先の店長だということが判明した。
もうこれは運命でしかあり得ない。絶対に食らいついて、必ず弟子にしてもらうんだと、幸直は決意している。
一方、イトはちまちまとクレープをかじりながら、しょんぼりと肩を落としていた。
「……ゆきくん、こんなにいい子なのにねぇ……」
ははは、と幸直は苦笑しながらポテトを摘まむ。
「まあまあ、ばあちゃん。人間、好き嫌いは仕方ねえよ」
「だけどねぇ……」
「……まあ、俺はテンチョーのこと、師匠だと思ってるんで極端に嫌われるのはちと悲しいっすけどね……」
「ゆきくん……」
悲しいのは本当のことだった。幸直は、どうにかして水木に弟子として認められたいのだ。
だが、彼を師匠と呼ぶ度に苛烈な拒絶が返される。
幸直はどうしたらいいのか分からなくなっていた。
伏し目がちにLサイズドリンクをすすっていると、イトが「そうだわ!」と自身のハンドバッグを片手で探り始める。
なんだろうと見ていると、イトは高齢者向けスマートフォンをテーブルに出してきた。
「せっかくだもの、連絡先交換しましょうよ~」
「えっ」
摘まんでいたポテトを口内に押し込み、幸直はペーパーナプキンで油分を拭う。
画面を見ると、日本のメッセージ通信アプリシェアナンバーワンとも言えるアプリが映っている。
「ばあちゃん、スマホなんて分かんの!? すげーじゃん」
幸直は素直に感心する。イトは自慢げに笑った。
「これでも、いんたーねっつ文通おばあちゃんなのよ~」
幸直はハンバーガー片手に自身のスマートフォンを取り出した。
「でも俺なんかと連絡先交換していいの? 言っちゃなんだけど俺、ばあちゃんから見りゃ孫の勤め先のバイト高校生でしかねーよ?」
「いいのよ~」
幸直の疑問に、イトはあっさりと了承する。
「もしゆうちゃんから我慢できないくらい怒られたら、おばあちゃんに告げ口していいからね~。お説教しちゃうわっ」
茶目っ気たっぷりに言う彼女に、幸直は苦笑するしかなかった。
「いや、流石にバ先でのことを部外者に告げ口するほど腐っちゃいねーんで……」
「あらそう? でもそれを抜きにしても、たまにおばあちゃんと文通してほしいわぁ。ゆうちゃんよりも若い子と話すことなんて、もう滅多にないんだもの~」
「ん~……、まあ、それなら」
幸直の祖母は、姪が生まれる前に死去してしまっている。
イトと話していると、祖母を相手にしているような気持ちになって和むのを、幸直は徐々に自覚していた。
「ありがとうねぇ」
幸直も同じアプリを起動し、サクサクとID交換を進めていく。
互いにトーク欄にスタンプを送り合う。それを見て、イトは微笑んだ。
「うふふ。ゆきくんはスタンプもクレープなのねぇ」
幸直が送ったスタンプは、自我のあるイチゴクレープのイラストが「よろしく!」と言っているものだったのだ。
へへへと幸直は笑う。
「親や兄貴や男のダチにも引かれてるんだけど、やっぱりクレープのスタンプが出ると買っちまうんだよなぁ」
照れくさそうな彼に、イトは微笑ましそうな笑顔を向けてくれるのだった。
クレープといえば、と幸直はシュガーバタークレープを手に取る。
もう冷めているが、バターは生地の余熱で溶けきり、染みていた。
大口を開けてかじる。パリパリとした音が生地から鳴った。
焼き台の上でたっぷり染みこんだバターとグラニュー糖が、じゅわり、ザリザリ、という食感と共に風味と甘味をガツンと伝えてくる。そこに小麦の風味も加わって、もう最高だ。
「む、ふふ……、うんま……」
こうなったらもう止まらない。ファーストフードは一旦置いておいて、幸直はパリパリザクザクと夢中でクレープを頬張り続ける。
その様子を、イトはプラスチックミニスプーンでクリームとイチゴを掬い食べながら、にこにこと眺めていた。
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