表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
めざせ牢獄!【王子の悪役令嬢溺愛編】  作者: きゃる
第一章 悪役令嬢ってなんだろう?
9/61

ニカとの出会い 9

「これは『血のり爆弾』よ。ソーセージの材料にもなる動物の腸を使っているの」


 そう得意げに説明されても……。

 ネーミングセンスもどうかと思う。甘い匂いがするから、中身は果汁かな? 

 前回の泥より安全だろうが、それにしたって芸がない。同じことを繰り返すから、ソフィアも察して外に出てこないのだ。


「ねえ、これを投げつけるんだったらもっと広い所の方がいいんじゃない? あっちまで運ぼうよ」


 ニカがキョトンとした表情で僕を見る。自分でソフィアを呼びに行こうとして、僕に(さえぎ)られたためだろう。


 ――これ以上、ニカが義妹に嫌われてはいけない。ただでさえ慣れない悪役をしようとして、(ほころ)びが出始めている。それにせっかくの機会だから、ソフィアを交えず二人でいたい。


「そうね。移動した方が良さそう」

「これを運べばいいんでしょう?」


 (かが)むニカより早く、僕は(おけ)を持ち上げた。


「ええ、お願い」


 僕は(うなず)き、ガーデンパーティー用の広い芝へ足を踏み出した。ここなら死角だし、護衛の目も届かない。これからしようとする行為を見られたら、必ず彼らに止められるから。


 次の瞬間、僕は持っていた桶を勢いよく放り投げた。


「あっ!」

「……えっ!?」


 狙い通り中身が地面に落下する。落ちるタイミングを見計らって、その上につまずいたフリをして転び、全て押し(つぶ)す。


「大丈夫なの? ――そんな! どうして……」


 頭上から、ニカの声が聞こえる。

 わざと潰したのだとわかったら、君はもっと驚くはずだ。もちろんそんなこと、口が()けても言えない。


 僕は仰向けになり、ニカに向かって舌を出す。


「ごめんなさい。失敗しちゃった」


 当然着ていた服は汚れて真っ赤に。果汁の入っていた薄い膜のような物まで服にベッタリついている。見上げたニカは、ソフィアへのいたずらを仕掛ける前に失敗したせいで、泣きそうな顔をしていた。


「仕方ないわね。(つか)まって」


 せっかくの策が全滅したのに、彼女は優しい。僕を助け起こそうと、手を差し出してくれたのだ。白く細い彼女の手。僕はそれを、力を込めて引っ張った。

 

「わわっ」


 ニカが僕の真上に倒れ込み、赤い果汁のえじきに。彼女の身体は柔らかく、相変わらずいい匂いがする。


 ――ねえ、ニカ。もう少しこの体勢でもいいだろう?


 でも、ニカは慌てて身体を起こし、僕を(にら)みつけた。


 ――しまった、調子に乗り過ぎた。わざとだってバレたか?


「ごめんね。びっくりしたから、力を入れ過ぎちゃったみたい」


 精一杯可愛く言ってみる。

 こんなところで日頃の女装の成果を発揮するのは嫌だけど、ニカに嫌われる方が怖い。

 彼女は綺麗な顔を(ゆが)めると、とうとう泣き出してしまった。


「どうしよう。こんなんじゃあ、いつまで経っても王子が来ないー」


 僕はどうもニカの涙に弱いようだ。

 他の子が泣いたって平気なのに、ニカが泣くとどうしていいのかわからなくなる。


 ――こんな時、気の()いた言葉をかけられればいいけれど……ダメだ、全く思いつかない。


 おろおろする僕を尻目に、ニカは屋敷に向かって歩き出す。


 今回ばかりはやり過ぎた。


 僕はとぼとぼニカの後をついて行く。

 ドレスが激しく汚れたためか、ニカは屋敷の正面ではなく調理場の勝手口に回った。


「まあ! お嬢様ったら、またまた激しい遊びを。あまり他所(よそ)の子に変なことを教えないで下さいね」


 ニカが怒られている!


 プライドの高そうな彼女が、貴族でもない料理人に叱られしょげていた。

 おとなしく言うことを聞く姿に、僕は驚きを隠せない。サラと呼ばれる女性は、そんなにすごい存在なのか? 


「ねえニカ、彼女って実はすごい人?」

「いいえ。我が家の料理人見習いよ」

「え? 貴族でもない料理人の、それも見習いに怒られて悔しくないの?」

「どうして? その人のためを思う忠告に、なぜ身分が関係するの? 貴族であるとかないとか気にするなんて、エルったらバッカみたい」


 またしてもバカと言われてしまった。

 身分が……関係ない?

 そんな考えは抱いたこともない。


 確かにニカの言う通り、貴族が必ずしも優秀であるとは限らない。代々続く貴族の中にも、領民のことを考えず、自らの私腹を肥やすことしか頭にない者がいると聞く。そうかと思えば平民の中からでも、魔法使いとして目覚ましい活躍を()げる者がいる。


 ()り固まった価値観で目が曇っていた僕は、そんな簡単なことにも気づけなかった。


「すごいのは、ニカか」


 王子の僕をバカにするだけあって、ニカは賢い。

 だけど当のニカは、子供っぽくぶつぶつ文句を言っている。


「私だけが注意されるって納得がいかないわ! エルは? 一緒に来た人にどうして怒られないの?」


 可愛く()ねるその姿に、思わず目尻が下がった。

 大人と子供を(あわ)せ持つニカは、不思議な魅力に(あふ)れている。


 ――もしかしたら本当に、前世の記憶を持っている? 


 ともかくこれ以上バカだと思われたくない。ここは慎重に答えよう。


「ここにいる間は、自由にしていいんだって。子供らしく遊びなさいって言われている」

「子供らしくって……まだ子供じゃない」

「そうだけど。まあ、大人じゃこんな真似はできないよね?」


 自分の服を見下ろしながら言う。

 白いドレスだけでなく、顔も茶色のかつらも汚れている。ニカよりも僕の方が汚れが(ひど)かった。

 ニカはそんな僕を見ながら口にする。


「やっぱり失敗だわ。もう少し濃い赤の方が良かったみたい」

「ぼ……私も赤は好き」


 慌てて言い直す。

 この格好で『僕』は無いな。


 応えた言葉に嘘はない。

 初めて見た時、特別な赤に心を惹かれた。

 ルビー色の彼女の瞳が、僕の一番好きな色。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ