運命の行方 10
朝からよく晴れ、辺り一帯が澄んだ清浄な空気を纏っているようにも感じられる。本日は、この国の王子である私、ラファエル・ノヴァルフと公爵家のヴェロニカ・ローゼス嬢の結婚式。
多くの者が招待され、式の後には盛大な祝賀も予定されている。城の中庭を一般にも解放しているため、早朝から多くの民が詰めかけていた。
――私とニカがバルコニーに出るのは一瞬だというのに、長く待つので凍えてしまわないだろうか?
所々に焚火を置いて、火の魔法使いを派遣しよう。私には、今日を素晴らしい日にしたいという思いがある。
天宮内の礼拝堂では、真っ白なドレスを纏ったニカが私の隣に立った。
誇らしい気持ちでいっぱいになりながら、私は彼女に永遠の愛を約束する。
「ノヴァルフ国第一王子 ラファエル・ノヴァルフ。汝は病める時も健やかなる時も、またその命尽きる時まで、ヴェロニカ・ローゼスを愛し、支え、共にこの国のために力を尽くすと誓えますか?」
「はい、誓います」
「では、ヴェロニカ・ローゼス。汝は病める時も健やかなる時も、その命尽きる時まで、ラファエル・ノヴァルフを妃として支え、愛し、共にこの国の発展に力を尽くすと誓えますか?」
「誓います」
生涯私に添い遂げると、はっきり誓ってくれたニカ。
これで君は、私の正式な妃だ。
当然、誓いの口づけにも時間をかける。
感動で涙を零すニカが可愛くて、私は再び彼女に顔を寄せ、その雫を唇で吸い取った。
「ま、また舐め……」
「ニカ、君を癒すのが私の役目だ」
白い手袋に包まれた両手で、真っ赤な頬を隠す君。
そこまで恥ずかしがらなくてもいいし、司祭も列席者も何なら待たせておけばいい。夫婦となった以上、これからもっとすごいことをするんだけどな?
夜が待ち遠しいけれど、続く行事を終えない限り、彼女と二人きりにはなれない。
こんな時、王子である我が身が恨めしい。
――こればかりは仕方がない、か。
ニカがじっと見つめていたため、私はごまかすようににっこり笑う。
「さあ、行こうか。みんなが待っている」
差し出す手にニカの手が重なる。
私達は仲良く手を繋ぎ、中庭を臨むバルコニーに向かう。民衆に向かって手を振った途端、大歓声に包まれた。
――ねえ、ニカ。君が隣にいるこの光景に、私はずっと憧れていたんだ。
込み上げる想いを隠し、私は緊張気味の彼女に話しかける。
「ニカ、今日の君も息を飲むほど綺麗だって言ったかな? 純白のドレスを着た君は、天使のようだ」
「大げさだわ。ラファエルの方がもちろん素敵よ? それにしても、こんなに大勢いらして下さるなんて、本当にありがたいわね」
「君が皆に愛されている証拠だ。教会関係者は、特に熱心に君の噂を広めたらしい。もちろん私が、ニカを一番愛しているけどね」
ニカへの愛なら昔も今も、誰にも負けない。
「ラファエルったら。でも、さっきのあれはちょっと……」
「誓いのキスのこと? それとも涙の方? それほど長くしたつもりはないんだけどな。むしろ、あの程度で我慢した私を褒めてもらいたい」
「いいえ。さすがにあれはダメでしょう。司祭様も呆れていらしたわよ?」
「そうかな? 彼は慣れているはずだ。本当はキスだけじゃなく、今すぐ二人きりになって色々教えてあげたいけれど」
「なっ、こんな所で何を言って……」
「ほら、ニカ。みんなが見ている。笑顔で手を振って」
涼しい表情で手を上げる。
もちろん横目で、ニカの赤くなった顔を確認することも忘れない。
――ニカは本当に愛らしいね。もしも君が群衆の中に紛れていたとしても、私はすぐに見つけ出せる自信があるよ?
いくらニカが魅力的でも、見惚れていては先に進まない。私は真面目な表情で、民に接することにした。
『この善き日を、皆が心から祝ってくれることに感謝する。私の愛する民に、天使の祝福を』
風の魔法を使い、声を辺りに響かせる。
大音量で拡散したから、遠くの方までしっかり聞こえているはずだ。
ニカ、今後は君が私に毎日祝福を与えてくれるだろう。
君が隣にいるだけで、私の世界は輝く――。
「さて、ニカ。私からの結婚祝いだ」
彼女の反応を見ながら、私は自分の胸の前で握った拳をゆっくり開いた。手の中には何もないが、もうすぐ現れるはず。
時を待たずに、空からふわふわした小さな雪が舞い落ちた。この冬初めての雪に、人々は興奮しているようだ。
「わあ、すごい!」
「晴れているのに? 奇跡だわ」
「天使だ、天使の降臨だ!」
その年最初の雪を、この国の人々は『天使の降臨』と呼ぶ。
雪の白さが天使の羽を連想させるからだ。目にした者を幸せにする力があるとも言われていて、降った瞬間喜ばれる。貴族や平民関係なく、集まった人々は初雪に夢中になった。
私達の式が皆の記憶に残ればいい。
愛する人のため、民のため。
幸せに力を尽くすという私の決意を、大事な人々に伝えたい。
「綺麗だわ。これも水の魔法?」
「そう。目立つことはしたくないが、他ならぬ君のためだ」
「ねえラファエル。貴方もしかして、五種類全ての魔法が使えるんじゃない?」
「さすがはニカだね。その通り、私は全てを扱える。初代の王と同じらしい」
「やっぱり……」
「でもまあ、魔法はあまり使いたくないかな? 羽があるだけでも異質で、怖がられてしまうから」
「怖がるってどうして? 貴方の翼はとっても綺麗だわ。それに全ての魔法が使えるって素晴らしいことよ。人々の役にも立つし。ラファエルは本物の天使様みたいだから、みんなに希望を与えられるわね」
私は一瞬絶句した。
強大な力を恐れられたことはあっても、褒められた記憶はない。
ニカの思いがけない賛辞が嬉しくて、込み上げる愛しさに胸が熱くなる。私は目の前の美しい妃に向かい、心からの笑みを浮かべた。
「ありがとう、ニカ。やはり君は最高だ!」
彼女を抱き締めた後、高々と抱え上げた。
そんな私達を見た群衆が、再び歓声を上げ嬉しそうに拍手をする。
「待って! お、下ろして」
焦る姿が可愛くて、彼女の声が聞こえないフリをした。
――ニカ、私は今、君を世界中に自慢したい気分だ!
やがてニカを下ろした私は、人々に向き直る。
ニカも妃の務めと思ったのか、同じように前を向き私にぴったり寄り添った。国民に真摯に応えるつもりだろう。
――この可愛い妃をどうしよう? とてもじゃないが、夜まで待てない。
「ニカ、もしかして今、君も同じ気持ちかな?」
「ええ、たぶん」
「雪をもっと降らせて、彼らが気をとられている隙に寝室に直行……」
「しません!」
ムッとするニカ。
ころころと表情を変える君が愛しい。
冗談と思っているようだけど、私は本気だ。想像するだけで口元が緩むが、やはり楽しみは後にとっておこうか。
今夜君は、私の想いの深さを知ることになるだろう――。