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めざせ牢獄!【王子の悪役令嬢溺愛編】  作者: きゃる
第四章 君とともに
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運命の行方 7

 大広間に戻った私達は、中座した舞踏会に参加している。

 けれどニカの機嫌は晴れないようで、先ほどから顔をしかめていた。


「ニカ、まだ怒っている? 君が可愛すぎるから、止められなかったんだ。許してほしい」

「ねえ、ラファエル。さっき二ヶ月先に式を挙げるって発表していたわよね? そんなに早いと仕度(したく)が間に合わないわ」


 良かった、怒っていたわけではないらしい。


「仕度って何の? 結婚式の計画なら、もう何年も前から万全の状態だ。招待状や公布の手配も終わっている。ニカなら頭がいいから、練習もすぐに済むだろう。後は……ドレスか」


 ニカが(うなず)く。


 わかっているよ、ウエディングドレスのことだよね?


「もうすぐ仕上がるから。後は身体に合わせて直してもらえばいい」

「……はい?」

「丁寧に仕立ててくれているよ。何のために私が、そのドレスを君に贈ったと思う?」


 ニカの真紅のドレスを見下ろす。

 このドレスを仕立てる時に派遣した女性には、結婚式用の衣装も既に発注してある。ただし、「ニカ本人には内緒にしてほしい」との条件を付けた。


「貴方は最初から、これとウエディングドレスの二着を彼女に頼んでいたの?」

「そう。正確には二着じゃないけどね? そのドレスもよく似合っている」

「すごい自信ね」

「自信も何も、私にはニカだけだから。断られても諦めない。いや、断れないようにしていた、というのが正解かな?」

「責めるべきは今じゃないって言っていたのに?」

「攻めるって、さっきのこと? 続きは結婚後で構わない。あと二ヶ月は我慢できるから」

「ねえ、貴方の言う『せめる』って何?」

「君を可愛がる以外に何がある? まあ、ニカが看守を好きだと言っても、今さら手放すつもりはないが」


 呆れて声も出ないという表情の彼女を見て、私はにっこり微笑んだ。

 



 挙式を約二週間後に控えたある日。

 天宮での衣装合わせの後で、私はニカを呼び止めた。


「ねえ、ニカ。今から水宮の牢獄に行こうか」

「……え?」


 ニカは驚いて目を丸くする。

 だが私は、彼女の気持ちが知りたい。


「ちょうど用事があるんだ。嫌なら無理に、とは言わない。どうする?」

「ご一緒するわ。このまま向かうの?」

「ああ。帰りはそんなに遅くならないと思うよ」

「わかったわ」


 水宮の牢獄と聞いてジルドを連想したのか、ニカが微笑む。

 不安になった私は、馬車に乗り込むなり彼女に問いかけた。

 

「ニカ、私といるのに考えごと? 余裕だね」

「貴方のことを考えていたの」

「可愛いことを言ってくれる。ほら、おいで」

「ねえ、そこまでくっつかなくても大丈夫よ。寒くないもの」

「寒さは関係ないよ? 私がこうしたいだけだから」


 ニカの腰に両腕を回した私は、自分の膝の上に彼女を座らせようとした。けれどあっさり断られたので仕方なく、そのまま引き寄せる。


「仕事で行くのに、こんなにベタベタしていていいの?」

「ベタベタ? これではまだ足りない。いい匂いだ。ニカからは今日も薔薇の香りがする」


 彼女に触れる口実が欲しい。

 私はニカの首筋に鼻を近づけると、目を閉じて彼女の香りを吸い込んだ。偶然を装い、唇で柔らかな肌にも触れる。


「ねえ、くすぐったいからやめて。薔薇の香りが好きなら、香油をあげるから」

「要らない。ニカ本人なら欲しいけど」

「なっ……」


 ニカの顔が真っ赤だ。

 私の薔薇は純情で、今日も抜群に愛らしい。


「ああ、着いたようだね。どうしたの? 顔が赤いけど」

「赤くさせた張本人のくせに」

「それは申し訳ないことをした。でもそろそろ、慣れてもらわないとね」


 げんなりした様子のニカを見て、私は笑みを浮かべる。彼女のいろんな表情は見ていて飽きない。

 ニカも諦めたのか、つられて笑う。

 私は彼女と腕を組み、水宮の牢獄へ向かった。


『水宮』と言うだけあって、敷地内には水に関連したものが多い。

 裁判所は水色の屋根で柱は白、入り口手前の正面には左右対称の大きな噴水がある。常に大量の水が噴き出し、夜は光る仕掛けとなっていた。


 そのずっと奥。

 湖の上にあるのが『水宮の牢獄』で、灰色の石造りのため古城のようにも見える。だが、れっきとした牢獄で、建物内部は水に満ち、管理は厳しい。


 ニカと護衛を引き連れて、入り口をくぐった。

 吹き抜けのエントランスの中央に小さな噴水があり、その横を人工の川が流れている。天井にはステンドグラスが()め込まれ、周りには天使の彫刻が飾ってあった。ここだけ見れば、まるで教会のようだ。


 白髪交じりの小柄な看守長が慌てて飛んで来た。

 彼には長年、ここの管理を任せている。


「わざわざご足労いただき、大変申し訳ございません。ご案内いたします。こちらへどうぞ」


 看守長に導かれ、私とニカは長い廊下を抜けて建物の奥へ進む。勢いの(すさ)まじい水が上から大量に流れ、壁となって各牢を仕切っている。

 激しい水で(さえぎ)られているため、囚人側は見えない。もちろん向こうからもこちらは見えない仕掛けだ。

 

「水に手を触れないよう、お気をつけ下さい」


 看守長が言いながら辺りを見回した。

 それぞれが速さの鋭い水で仕切られているから、近づくと危ない。牢から出ようとすれば、身体の一部が切断されてしまうのだ。


「ご覧になって、いかがですか?」


 案内していた看守長が、振り向いた。

 ニカの意見を求めているらしい。


「どう? ニカ。初めて来た感想は」


 君は昔、牢獄に入りたいと熱く語っていたね。

 今この場所を見ても、まだ同じことが言える?


「……ええっと、思っていたより激しいですね。水の音もうるさくて。勢いが鋭い所もあるから、硬い物でも切れてしまいそう」

「その通り。だから脱獄は難しい。外に出ようとすれば、身体が切れてしまうよ」

「やっぱり……」


 ニカは納得したというように呟くと、首を傾げた。


 ――ねえ、ニカ。君の大好きなシーンは、現実では無理なんだ。


 彼女を眺めていたところ、看守長が口を開く。


「先ほどお伝えした通りです。魔法陣が消えかけているために魔法石の調子が悪く、水の量が多くなりました。弱められず、中に入ることができません」

「そうだね。この前来た時よりもひどいようだ。中にいる者の食事は?」

「いえ、昨夜からは何も」

「それはいけない。すぐに直そう」


 キョトンとしているニカに、私は微笑みかけた。


「ニカ、ごめん。急を要するようだ。その間、暇だよね? 誰かに相手をしてもらうといい」

「ラファエルは、水の魔法も使えるの?」

「ああ。ついでに魔力も供給しようと思っている。用事があると言っただろう?」

「ラファエル、貴方の扱える魔法ってもしかして……」

「ニカ、たぶん君の考えている通りだ。答えは後で教えてあげるから。ところで看守長、彼はいる?」

「彼? ……ああ、おりますよ。呼んで来ましょう」


 ニカを見て、私も覚悟を決める。

 君にとっては望まないことかもしれないが、私はどうしても確かめたい。


「お互い積もる話もあるだろう。存分に語るといい。ニカ、いい子にしていてね」


 彼女の頬にさっとキスを落とした私は、まっすぐ魔法石に向かう。ここまで来たらなるようにしかならないと、自分に言い聞かせて。




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