運命の行方 5
「……え?」
驚くってことは、覚えていないようだね。
私はニカを見ながら上着を脱ぐと、クラバットを緩めた。続けてシャツのボタンを外す。
「ね、ねえ、今ここで脱がなくっても」
「実際に見た方が早いだろう?」
「勘違いよ、私じゃないわ」
「ニカ、君以外に誰がいる?」
私が一緒になりたいと望むのは、後にも先にも君一人。
私は構わず服を脱ぐと、上半身を晒した。
翼を大きく広げた瞬間、ニカは驚きに目を見開く。
「……綺麗だわ!」
彼女の瞳が納得したように光る。
ようやく思い出してくれたのか?
「ラファエル、貴方は天使なの?」
「先祖返り、と言っただろう? 初代の王は『天使』と呼ばれていた」
「夢だと思っていたのに……」
「君はしたたかに酔っていた。私はそこにつけ込んだんだ」
「部屋に運んでくれた時のこと? それなら私を着替えさせたのって……」
「ごめんね、ニカ。それは私だ。どうしても君が欲しかった」
「……え」
ニカは顔を引きつらせているけれど、合意もなく襲うわけがないだろう?
「違うよ、ニカ。さすがに酔った女性に手は出さない。私は君に翼を見せて、首元に印を刻んだ」
「印? じゃあ、この虫刺されって……」
「虫刺されというより、キスマークの方が近いかな? 魔力を使って所有権を主張する。君に危険が及べば刻印が守り、私に伝わる」
「私はもう、貴方のものなの? 他の人とは一緒になれないの?」
眉根を寄せたニカを見て、つらくなる。
私は瞼を閉じて息を吐き出すと、再び目を開け非難に備えた。
「そう、と言えればいいけれど。君は平気だし、一年以内に刻印も消える。だが私は……」
生涯君以外は愛せずに、子を持つことは叶わない。
受け入れられなければ王位継承権は別の者に移り、翼もやがて消えるだろう。
「ねえ、ラファエル。貴方、私と一緒になりたいの?」
「何を今さら。私は何度もそう言っている」
「で、でもあれは、からかっただけでしょう? 婚約者の演技や冗談で」
「演技をしたつもりも、冗談を言ったつもりもない。私は最初から、全て本気だった」
「それならソフィアは? 義妹との約束はどうなるの?」
「約束? ニカ、君の方こそ勘違いをしている」
ニカが私の裸の上半身に目を向ける。
恥ずかしそうにしているから、仕方なく翼を畳む。
「気持ち悪くなかった?」
「いいえ、全然。それにしても美しい羽ね」
「魔力によるところが大きいから、飛べないし形だけだ。普段は身体の中にある」
私は身体の中に翼をしまうと、シャツを羽織った。座り直したニカは、ソフィアのことを聞いてくる。
「ねえ、勘違いって何のこと?」
「ニカ、ソフィアの相手を知っている?」
「ええ。以前ラノベで読んだし、本人からもしょっちゅう聞かされていたもの。貴方以外にいるとでも?」
「やはりそこからか。だから君は、ソフィアの名前をよく出していたんだね」
「えっ?」
ニカは相変わらず、本の世界を信じていたのか。
だから私が君を好きだと言っても、本気にしなかったんだね?
「全てをなかったことにしないで。いくら貴方でも、義妹の真剣な想いを蔑ろにするなんて許さない!」
「ニカ、怒った君はますます綺麗だ。やはり明日にすれば良かったかな。あと二ヶ月も我慢するのは苦しい」
「そうやってごまかすつもり? 私はソフィアを蹴落としてまで、貴方と一緒になりたいなんて思ってないわ」
私はニカを見ながら肩を竦める。
「それは残念。私は違うかな? たとえ周りを蹴落としてでも、君を手に入れたい」
「なっ……」
ニカが絶句する。
私の本気の想いを、見くびってもらっては困るよ。
「そうそう、ソフィアの相手の話だったね。もちろん私ではない。よく見ていればわかったことだ。彼女が好きなのは……クレマンだ」
「あなたの護衛の?」
「ああ。フィルベールを引き渡した後は交代だから、ソフィアの元へ向かっているはずだ」
「でも、年が違い過ぎるわ! ずっと貴方の側にいたから、かなり年上でしょう? 父親ほどの年齢の人とソフィアが?」
「ひどいな。クレマンが聞いたら嘆くよ。落ち着いているから老けているようにも見えるが、彼は確か二十八になったばかりだ」
ぎょっとするニカ。
私は少しだけ、忠実な護衛のことが気の毒になった。
「信じられないわ! だって彼は、昔もあなたに付き添っていたじゃない。あの頃から既にソフィアを?」
「まさか。あの時彼は十八で、私の護衛に任命されたばかりだった。そんな余裕はなかっただろう」
「それならいつ?」
「それは本人達に聞いてほしいな。ともかくこれで、誤解は解けただろう?」
赤い唇に手を当てて唸るニカも、やはり可愛い。
だけどクレマンのせいで、私が疑われていたとは心外だ。
「ねえ、結構前からソフィアはよくここに来てたと思うんだけど。貴方と会っていたんじゃないの?」
「私と? いや、執務で忙しくてそんな暇はないな。ああ、その時もクレマンが相手をしていたっけ」
「そうなの?」
こんな時に嘘を言ってどうする。
私もソフィアも、互いに何とも思っていないのに。
「おかしいわ。それならなぜ、貴方達は密会を?」
「密会? 覚えがないが」
「旅行から帰って来た日、ソフィアが迎えに現れたわよね? 私は先に帰ろうとしたけれど、気が変わって戻って来たの。そうしたら、執務室に貴方とソフィアが二人きりでいて……」
悲しそうなニカ。
そんな顔をしているのに、私を好きではないと言い張るつもり?
「ニカ、考え込んでいるところ悪いんだけど。君が気にしているのは、さっき言いかけたことだね?」
「ええ」
「君の信頼を勝ち得ていないのは、寂しいが。やはり君は、誤解をしている」
「誤解?」
「ああ。そもそも私は、ソフィアと二人きりになったことなどない」
「嘘! だってあの時確かに……」
「本当によく見たの? 執務室では私の前にはソフィアが、壁際には二人の護衛がいた。もちろんクレマンも」
「……あれ?」
執務室に入るなり、私の前に回ったソフィアが興奮したように話し出した。あの時は、護衛のクレマンとダリルも一緒にいたはずだ。
「ソフィアが、私達と言ったのは……」
「もちろん自分とクレマンのことだ。彼は侯爵家の長男だから、ソフィアはいずれ侯爵夫人といったところか。さすがはソフィアだな」
「だったら相手が私だからと、貴方が宥めていたのは?」
「そんなことは言っていない。たぶん、『相手は私の護衛だから』との言葉を、聞き違えたのでは?」
唇を噛むニカを見て、私は言葉を続ける。