運命の行方 4
ニカは私に、赤い瞳をまっすぐ向ける。
言いたいことでもあるようだ。
「ソフィアのことは? 自分達のことを父に告げるって……」
「ああ。あの話、ニカも聞いていたのか」
天宮から戻った日の執務室での会話――ソフィアと護衛のことだ。
だけど今、私達の間でその話は必要か?
「おかしいな。それならなぜ、ソフィアがここに出て来るんだ?」
「なぜって? だって、ソフィアと貴方は仲を認めてもらうんでしょう? 私と別れた後ですぐ」
「ニカ、やはり君は……」
絶句し、次いでため息をつく。
あの場面を見ていながら、そんな勘違いをするなんて。
「長くなりそうだ。とりあえず座って」
私はニカを長椅子に導く。
隣に座り足を組み、困ったように笑いかけた。
今ここで、想いの全てを彼女に語る必要がありそうだ。
「以前、王家の人間には生まれつき魔力があると話したこと、覚えている?」
「ええ、もちろん。確かそのせいで幼いうちは成長が遅れる、だったわよね?」
「そう。ただ、それも人によって違う。私の場合は特に成長が遅かった」
「そうなの? 他を知らないから……」
以前の私はニカより小さく、女の子の恰好をしていた。
彼女に男として見られないのは、だからなのか?
「十歳になるまで、魔力量と成長は反比例する。魔力の多い者ほど成長が遅れ、少ない者は早い。ただし、頭の構造は別だ。子供の中ではニカだけが、話が合って面白かった」
「それはどうも。でも、あの頃私が話したのって、ほとんどが『ブラノワ』のことよね? まさか当の王子にストーリーを語っているとは思わなかったわ」
そうだね。あのことがなければ、私も君をこんなに意識したかどうかわからない。
「あの頃から私は、たった一人が気になっていた。彼女の側にいるために、理由をつけては公爵家に通い続けた」
ニカは黙って聞いている。
私は話を進めた。
「ところがある日を境に、彼女が私を避け始めた。それなら私は、彼女が逃げられないようにしようと決意したんだ」
不思議そうな顔をしているが、まだ自分のことだとは思っていないのか?
「彼女でなければ婚約しないと訴えた。そうでなければ、跡を継がないと。さすがに困った父が、反対していた公爵に対し積極的に働きかけてくれた」
ニカが首を傾げている。
可愛すぎるだろう!
「彼女自身にも、形だけでも構わないから婚約しようと告げた。たとえ私より看守の方が良いと言い続けても。そうすれば確実に、十八までは隣にいられる」
「自分を犠牲にして、私と婚約したんでしょう? ソフィアを守るために」
「どこからそんな考えが?」
「だって、ソフィアへの意地悪を少なくしてほしいって、貴方が私に言ったのよ?」
ニカが口を尖らせる。
拗ねた顔も可愛いけれど、今は話に集中しよう。
「そりゃあね? 娘のことが可愛い公爵は、まだ君を手放すつもりはなかったから。いたずらばかりの君が王子の相手に相応しくないと判断されたら、婚約の話自体が白紙に戻されてしまう。それに、君自身がソフィアへ意地悪をする度、つらそうにしていたから。だったら私のせいにして、やめればいいと考えた」
「そうなの……」
ここまでは、どうやら納得してくれたようだ。
ニカが急にしょんぼりする。
「始めはおかしな子だと思っていた。自分が本の世界に生まれ変わったと、本気で信じているんだから」
「その理由も説明したはずよ? 前世の記憶があるって」
「そうだね。今は何となく、理解している。彼女の機転や知識は好きだった。ちょっとしたことで赤くなるところや、くるくる変わる表情も。彼女だけが、私を特別に扱わない。対等な関係はそのままでいいと言われているようで、居心地が良かった」
わざと彼女と言っているが、もちろんニカ、君のことだよ?
「どんどん綺麗になっていく彼女を見て、いつしか私は、誰にも渡したくないと考えるようになった」
顔を赤くし、うつむくニカ。
少しはわかってくれたのだろうか。
「だが彼女は私に頼らず、寄りかかろうともしない。呼び出して、公務に連れて行くだけで精一杯だ。ダンス以外でなかなか触れることもできず、挙句の果てには攫われてしまう。私の目を盗んで仲良くしていた男なんかに!」
怒りのあまり手を握り締める。
ニカが無事でなければ、私の魔力は暴走していただろう。
「魔法石が役に立って良かった。うなじへの印では力が弱かったようだ」
「……印?」
「それについてはまた後で。でもね、ニカ。私だって男だ。君が他の男に触られたと考えると、やはり面白くない」
「いえ、貴方も結構触っていたけど……」
「あんなもので私が満足するとでも? 本当に君は可愛らしいね」
ニカを見てにっこり笑う。
あの程度で終わりだと思っているとは、甘いな。
彼女にわからせようと背もたれに腕を置き、にじり寄る。途端に長椅子の上で後ずさるニカは、無垢で可愛らしい。私は彼女の髪を一房手に取ると、そこにキスを落とした。
「とりあえず、今はこれで。どこまで話したっけ? ……ああ、君との旅行からか。南部の教会から礼状が届いたから、また行こうね」
この先は、旅でのこと。
私は独善的な振る舞いを、告白しなければならない。
「羽のことを聞かれた時、私は考えを見透かされたのかと焦った」
戸惑う顔のニカだけど、疑問をさし挟まなかった。
「さっき話したように、王家の者には魔力がある。その大きさは、羽の大きさに準ずる」
「羽って……痕があるって噂は本当なの?」
「大抵の者はそうだ。だがごく稀に、先祖返りを起こす者がいてね? 私がその最たる例だ。それだけに、一生を添い遂げる覚悟をした相手にしか見せてはいけない、とされている」
「自分の子を宿す者って、そういう意味?」
「そうだ。そして私は、既に見せている」
自分の胸に手を置くニカ。
顔をしかめているけれど、覚えていないのか?
「はっきり言えば、見せた相手としか私は一緒になれない」
ニカの赤い瞳が揺れる。
私は真実を口にした。
「思い出して、ニカ。私はあの日、君に披露しているんだ」