運命の行方 2
私はそこで言葉を切ると、ニカの顔をチラリと見て自嘲気味に笑う。
君の思い通りにはならないよ。
なぜなら私は、君が好きだから。
婚約破棄など、するはずがないだろう?
私は再び前を向き、声を張り上げた。
「――手に負えない程綺麗になった。よって、二ヶ月後には式を挙げようと思う。皆も盛大に祝ってくれ!」
会場がシンと静まり返った後、一斉に祝福の声が上がる。歓声や拍手も鳴り響く。
「嘘……」
呆然とするニカに、優しく語りかけた。
「聞いての通りだ、ニカ。挙式は明日でも良かったが、思い直した。女性にはやはり、準備期間が必要だろう?」
「どうして? 私はさっき証拠を渡して……」
混乱しているようだが、逃さない。
公の場で発表した以上、君には私と式を挙げる以外の選択肢がなくなった。
「証拠? 何のことだろう。不要な紙なら私がこの手で処分しておいた」
「そんな! あれは大事な……」
「気がつかなかったな。ここからは独り言だが……」
私はニカの耳に唇を寄せる。
「別室にいた令嬢達は、無事に保護し家に帰した。国外に行った者も手を尽くして探し出し、帰国の交渉中だ。主犯だけが逃げおおせているが、間もなく捕まる。君が攫われてくれたおかげで、事件はほぼ解決した」
「私も一時仲間だったのよ? 悪いことをしたんだし、言い逃れはしないわ」
「ニカ、君の言う意味がよくわからない。攫われた被害者が、加害者のことを仲間と呼ぶの?」
眉根を寄せるニカは、不思議なことを言い出した。
「それならソフィアは? 義妹の気持ちを無視するつもり?」
「ソフィアの気持ち? どういうことだ」
ニカはソフィアに目を向けた。
彼女の義妹は私達を祝福し、嬉しそうに拍手をしている。
「どうして? 貴方達は愛し合っているのでしょう?」
「私とソフィアが? まさか」
結婚しようと伝えているのに、ニカはこの期に及んで何を言うのだろう?
私は大きくため息をつくと、彼女に手を差し出した。
「まずは踊ろう。その後でゆっくり話を聞くから」
私はニカの身体を引き寄せる。
彼女の相手を務めるのは、昔も今も私だけ。
ニカは、以前に比べて見違えるほど上手に踊れるようになった。全面的に信頼し、リードを任せてくれるから。
彼女がステップを踏み間違えていた二年前を懐かしく思い出し、私は笑みを浮かべた。対照的にニカは、真面目な顔をしている。
「ニカ、もう少し嬉しそうな顔をしてくれるとありがたいな。もちろんそのままでも、十分魅力的だけど」
彼女の耳に囁いた。
慣れているはずなのに、恥ずかしがってでもいるのか、ニカの顔が赤い。
――こんなに可愛らしい顔をしながら、どうして君は別の男を好きだと言うの?
曲が終わり礼をすると同時に、ニカは大広間を見回した。かと思えば、ドレスのスカートをつまんで走り出す。私は慌ててニカを追い、広間の外に出た。
「待って、ニカ。どうして逃げるの?」
「逃げる? 違うわ。ソフィアが……」
言いかけたニカに、腕を引かれた。
そのまま空いている部屋に、押し込まれてしまう。
「ニカがそんなに早く、二人きりになりたがるとは」
「違うでしょう! 全部説明してくれる?」
「もちろん話すけど、落ち着くためにお茶が必要だ。頼んで来るからここで待っていて」
二か月後に結婚すると、突然公表したせいだろうか?
確かに私達の間に、話し合いは必要だ。
私はお茶の用意を頼みに行くため、部屋を出た。廊下を歩いていたところ、向こうで人の声がする。徐々に大きくなる騒ぎを、無視することもできない。
不審に思って近づくと……あれは、火事か?
舞踏会の会場となっている大広間。
その窓の近くが、明々と燃えているのだ。
いったい誰がこんなことを?
私は急いで指示を出し、火を消すために魔法使い達と協力して水を出現させた。
*****
ラファエルは行ってしまった。
社交界にデビューした時からずっと、私、ヴェロニカのパートナーはラファエル一人。他の誰かと踊ろうとしても、その度に彼が邪魔をするからだ。
巧みなリードに慣れた私は、彼が相手だと考えなくても自然に身体が動き、滑らかにワルツを踊れる。その彼は先日、ソフィアとこんな話をしていた。
『どうして? どうしてまだなの?』
『言いたいことはわかるが、あと少し待ってほしい』
『もう、エルったらいつもそればっかり! なぜ私達のことをお父様に告げてはいけないの?』
『物事には順序がある。それでなくとも相手は……』
南部の教会から戻った日。
天宮で待ち構えていたソフィアを残し先に帰ろうとした私は、思い直して引き返した。
――あっさりフラれてもいい。気づいた恋心だけでも、ラファエルに伝えよう。
執務室に訪ねて行くと、中には親密そうなソフィアとラファエルがいた。
私はそうっと開けた扉の隙間から、二人の姿を見て、話を聞いてしまったのだ。その瞬間、頭が真っ白になる。
――やっぱりヒロインと王子は、想い合っていたのね!
ショックのあまり続きを聞き逃してしまったが、彼の声で我に返った。
『約束しよう。舞踏会の後に必ず話す。だから私を信じて、待っていてほしい』
ラファエルはソフィアを愛している!
それなのに彼は、私と結婚すると言い出した。
婚約破棄をするはずの、今日の舞踏会で。
義妹に約束したその唇で、貴方はどうしてそんなことが言えるの?
私を愛していないのに、みんなの前で平気で嘘をつくのはなぜ?
聞きたいことは山ほどあるのに、ラファエルはまだ帰ってこない。
扉の開く音で、彼が戻って来たことがわかった。
「ねえ、早く……」
言いかけた私は、そこにいたのが侍従だと知り、慌てて口を閉じる。
――でも、変ね。侍従が一人でこの部屋に?
呼んだわけでも紅茶を運んで来たわけでもない。
用もないのに、王子付きの侍従が勝手に入ってくるなんて。
大抵は女官と一緒だし、それでなくても長めの前髪と口髭の侍従は、今まで見たことがなかった。
念のため、所属を聞こう。
「ねえ、あなた……」
男はあっという間に近づくと、叫び声を上げるより早く私の口を手で塞ぐ。見知らぬはずの男の前髪から覗く目元には、覚えがあった。
彼は――フィルベールだ!




