運命の行方 1
今日は十六歳となった者が社交界にデビューする日で、夕方から舞踏会が開催される。
ニカも出席するため、彼女の瞳と同じ色の真紅のドレスを贈った。
気に入ってくれただろうか?
金額には糸目をつけず、豪華に仕立てるよう依頼しておいた。見本のデザインを見せられたが、彼女は何を着ても似合うため、心配はしていない。会うのが楽しみだ。
ニカとソフィアが天宮の控室に到着した。
私の贈ったドレスを着たニカは、美し過ぎて言葉が出ない!
二人とも緊張しているのか、黙って淑女の礼を取る。
私はまず、ニカに声をかけることにした。
「ニカ、思った通りとても綺麗だ。君には赤がよく似合う」
「ごきげんよう、ラファエル。貴方こそ素敵よ」
白地に金のただの礼装だ。
君に比べれば、どうってことはない。
「ソフィア、ようこそ。あの者に案内してもらうといい」
「ありがとうございます」
義妹の言葉を聞いたニカが、なぜか目を丸くしている。
私は構わず、控えていた女官にソフィアを託した。
社交界にデビューするソフィアは国王と王妃に謁見するため、玉座の間に向かわなければならない。片やニカはこの場に残る。彼女と二人で過ごそうと、今日の執務を大急ぎで片づけて来た甲斐があった。
ということでソフィア、行ってくるといい。
「二人きりで話がしたいの。いいかしら?」
ソフィアが退室するなり、ニカが口を開いた。
「君がそんなことを言うとは、珍しいね。もちろん歓迎するけど」
改まっているので、また変なことでも言い出すのだろうか?
それでも私はニカに弱い。
彼女の希望通り、人払いを命じた。
侍従や女官、護衛が部屋から出たのを確認すると、ニカは書類を取り出して、私に押し付ける。
「……ええっと、ニカ。何かな? これは」
思わず受け取り、戸惑いながらも目を通す。
それはフィルベールから送られてきた手紙で、先日のソフィア誘拐の引き金となったものだ。
待ち合わせ場所の地図や手紙の一部は押収したのに、まだ大事に取っていたのか。
それに、このメモは……。
1.悪党2~3名募集
2.馬車の手配
3.監禁場所の用意
4.王子への連絡係(子供が望ましい)
ニカの筆跡で、明らかに自分を疑ってくれと言っているようなもの。
いったいどういうつもりだ?
「何って? 見ての通りよ。私、フィルベールや彼の仲間と関係があったの」
瞬間的に怒りが込み上げる。
わざと誤解されるような言い方をしてまで君は……。
だが、牢獄行きなど私が許さない。
「誘拐された時のこと? まさか、無理強いでもされた?」
わかっていながらわざと聞く。
ニカに刻んだ印は、他者と関係を持った女性には現れない。王族を宿すのに相応しい、純潔の者だけが赤く色づく。見たところ、あの夜刻んだ赤い印は彼女の首元に定着していた。
――誰にも渡すはずがない。君は私だけのものだろう?
「違うわ。変な意味じゃなくって、仲間って意味。私が彼らに頼んでソフィアを攫わせたの」
悪役令嬢になるためだよね。知っているよ?
私は軽く肩を竦めた。
「それはそれは。君も攫われていたようだけど? でも、いたずらにしては度が過ぎているね」
「そうね」
唇を噛んで私を見るニカ。
後悔するくらいなら、仕掛けなければ良かったのに。
悪役なんてバカなことだと君自身が気づくまで、私は待っていた。いじめをしようと努力するのは無意味だと、悟ってくれたらと。
ようやく正気に返って良かったよ。
私は思わず口の端を上げた。
「ええっと……それだけ?」
ニカが首を傾げている。
「それだけ、とは?」
「いえ、別に。もっと責めるかと思って」
「攻める? まあ、攻めるべきは今じゃない、かな」
夫婦としての楽しみは、式の後まで取っておこう。
この冗談、わかってくれればいいけれど。
「そう、楽しみにしているわ。それと、今までありがとう。貴方の婚約者というのも、案外悪くなかったわ」
ここまできても君はまだ、婚約破棄を望むのか?
私はニカをじっと見つめた。
好きだという想いを、未だに理解されないことが悲しくて。
「まだ諦めていなかったのか……。こちらこそ、今まで楽しかった。いや、苦しくもあったかな?」
目を細め顔をしかめた私を見て、ニカが白い腕を上げる。
けれどその指は、私に届かず下ろされた。
他の男――ジルドを想う君。
そんな君との時間は、私にとって楽しくもありつらかった。
だけどそれも、今日で終わりだ。
「ねえ、ニカ。君に伝えておくことがある。実は……」
言いかけたところで、扉が勢いよく開く。
女官の制止を振り切って、ソフィアが中に入って来てしまう。
「ふう、疲れた~。緊張したけど、上手くいったと思うわ。あら、お話し中?」
ソフィアがいるなら話はできない。
ここは一旦退散しよう。
「ヴェロニカ、これは私が預かっておく。じゃあ後で」
ニカが持って来た書類を手にして部屋を出た。
彼女が見ていないところで、全て跡形もなく燃やしてしまおう。
舞踏会が始まった。
大広間の天井から吊り下げられたシャンデリアが、眩いばかりの光を放っている。幾何学模様の大理石の床には、緋色の絨毯が敷かれていた。
絢爛豪華な会場には、今夜デビューする令嬢達が緊張した面持ちで立っていて、多くの若者達が声をかける隙を狙っているようだ。豪奢な装いの女性達と比べても、ニカの美しさは突出していた。
「どうした、ヴェロニカ。私の顔に何かついている?」
「いえ、別に」
目を逸らし、いつになく素っ気ない様子のニカ。
でもヴェロニカと呼ぶことで、婚約者として振る舞ってくれるはずだ。
私は自分の腕に手を添えるよう、身振りで彼女に促した。ニカは今日も辺りを見回し、ソフィアの姿を探している。そのソフィアは、私の後ろの人物を頬を染めて凝視していた。
舞踏会はまず、最も身分の高い者が踊る決まりだ。国王である父は膝を痛めているため、踊ることが出来ない。
私はいつものようにニカを連れて、フロアの中央に進み出る。
だが今日は、踊る前に言いたいことがあった。
私は会場に集まった人々を見回し、大きな声を出す。
「皆、よく聞いてくれ。私から重大な発表がある」
隣のニカが鋭く息を飲む。
突然緊張したのか、震えてもいるようだ。
「長すぎる婚約は、互いにとって良くなかった。そのせいで、ここにいる私の婚約者は――」