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めざせ牢獄!【王子の悪役令嬢溺愛編】  作者: きゃる
第四章 君とともに
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天使が望む者 2

「もちろんどうぞ。何がいいかしら?」


 ニカは少女の目を見て優しく答えた。

 そんな所が彼女らしい。


「クマさん! だけど、知らない人から物をもらうのはダメだって言われていて……」


 女の子は背後の家族を気にしながら、ニカの横のクマのぬいぐるみを指さしている。それは貴族の子供が好む、職人による手作りの高価な品だった。


「そう。言いつけを守って偉いのね。でもここは教会で、司祭様は知らない人ではないわ。これからみんなのために、心を(くだ)いて下さるの」


 ニカの言葉を聞いた司祭が、にっこりしながら(うなず)く。


「それからこのクマも、貴女のことを見ているみたい。貴女のものになりたいって、教えてくれたわ」

「本当?」


 もちろんクマが(しゃべ)るわけがない。

 これは、ニカなりの気遣いだ。


 恐る恐る近付くその子に、彼女は当たり前のようにぬいぐるみを手渡した。ギュッと目をつぶり、大事そうにクマを抱き締める女の子。

 彼女を見つめるニカの目はすごく優しい。


 ――ああ、ニカが私の子供の母親になってくれたなら!


「ありがとう。もらってくれて、嬉しいわ」


 ニカが微笑む。

 彼女の優しい心は、全ての者に行き渡ったようだ。そこからは平民も貴族も関係なく、ニカの持って来た品物を選び、手に取った人々が列を作り始める。中には品物を欲しがらず、金銭や装身具を寄付するだけの者もいた。


 私も先ほど受け取ったニカの本を、そっと返しておくことにする。彼女の善意がより多くの者に届けばいいと、そう願って。

 

 次々に感謝の言葉を述べられていたニカ。

 気付くと彼女は、司祭とその場を交代していた。


 欲しい物を持って並ぶ彼らに、司祭が祝福を与えている。


「天使の恵みを」

「天上の光があなたに降り注ぎますように」


 そんな言葉を聞いた貴族や民は喜び、誇らしげな顔をしていた。


 ニカよりも司祭の方が、今後この地域との関わりが深い。君はそこまで考えて、自分の手柄を惜しげもなく彼に(ゆず)ったんだね?


 愛しい気持ちが抑えられず、私は隣に立つとニカの肩を抱き寄せた。

 いつもなら人前だと恥ずかしがるニカだけど、今は気分が高揚しているのか、抵抗せず私に寄り添う。


 やはり私は君がいい。

 他の相手は考えられない!


「ニカ、気づいてる? 君はすごいことをやってのけたんだ。初日から受け入れられた教会は、わが国でも初めてだろうね」

「そう? 教会よりも、みんなが喜んでくれたことが嬉しいわ」


 用意してきた物は、あっという間に無くなった。

 トランクの中に入れられた金銭や宝石類を、ニカは全て教会に寄付することに決めたらしい。


 さらに彼女は、地域の交流や貧しい人々への支援など、自分の考える教会の在り方を司祭に語っていた。


 ――これも前世の知識か? 


 反対する理由はないので、私も彼女の考えを支持すると表明し、そのための資金も援助すると約束した。ニカの考え通りになれば、人々は教会に戻ってくるだろう。


 帰り際、「もっと話を聞きたい」という司祭や領主の招きを、私は退(しりぞ)けた。


「せっかくなので、この機会に可愛い婚約者とゆっくり過ごそうと思ってね」


 司祭も領主夫妻も何とも言えない顔をしていた。

 でもこの私が、ニカを口説き落とす機会を棒に振るわけがない。完璧な笑みを浮かべ、全ての反論を封じ込めた。


 ニカはニカで、赤くなった頬を両手で押さえている。

 その愛らしい姿を見た私の口元が、思わず(ゆる)む。

 けれど彼女はこれではいけないと思ったらしく、澄ました口調で挨拶していた。


「教会はもちろんのこと、(ふところ)の深い司祭様をお招きできた地域の方々は、本当に幸せですわね。皆様に天使の恵みがありますように」

「こちらこそ、慈愛に満ちた高貴な方を一番にお迎え出来て、感激の極みです。これからもお二人が、天使に祝福されますように」

「すぐに三人になるかもしれませんよ? この分では、ご成婚も間近でしょうから」


 司祭の後を領主がを引き継ぐ。

 楽しそうに笑う彼らに、私も同意を示す。


「彼女次第だが、努力しよう」


 何なら今夜から……。

 

 私の心の声は聞こえないはずなのに、ニカの表情が強張った。

 初めての遠出で疲れたのだろうか?

 

「ニカ、顔色が悪いようだね。疲れたのかな? すぐ宿に戻ろう」


 私は彼らに別れを告げて、ニカと宿に向かうことにした。




 滞在先の宿は貸し切りで、警備も厳重。

 フィルベールが未だに逃走しているためだ。


 彼とその仲間に捕まっていた令嬢達は、無事家に戻された。国外で売り飛ばされそうになっていた者は、帰国の交渉をしている。中には無事に結婚をした者までいて、誘拐事件は一応、解決に向かって進んでいる。


 先ほど具合が悪そうだと思ったのは気のせいで、ニカは今、パイや煮込み料理や卵たっぷりのキッシュなど、素朴な田舎の夕食を心から楽しんでいた。


 私は今夜、彼女に背中の翼を見せるつもりだ。


「ニカ、夜は危ない。羽の疑問も解消してあげるから、私の部屋においで?」


 ところがニカは、飲んだ水を思い切り噴き出した。

 そこまで嫌がることかな?


「こ、こんな所で! 羽のことはもういいから。別にそんなに見たいわけじゃないし」


 赤い顔のニカ。

 そうか、教会での会話のせいだね?


「なんだ残念。じゃあ、私が君の部屋に行こうか?」

「ダメに決まっているでしょう! ラファエルったら、恥ずかしいわ」


 焦ったのか、ニカは目の前のグラスに手を伸ばし、一気に飲み干した。中のワインは、この地方特産の白葡萄を熟成させて作ったもので、甘いが非常に強いことでも有名だ。


「うわ、美味しい!」

「ああ、私も好きだよ」


 ワインにかこつけて、私は今夜も想いを伝えた。

 小さな頃からこうして、君に何度も好きだと告げている。図書室や公爵家の庭、茶会の席で。


 その度に(かわ)されるのだが、君はいったいいつになったら、私に応えてくれるのか。


 ニカはワインを気に入ったらしく、何杯もお代わりしている。水のように飲んでいるが、ほどほどにしといた方がいいのでは?


「ええっと、ニカ。ペースが早くないかな?」

「平気。とっても美味しいもの」

「口当たりは良いけれど、かなり強いお酒だよ?」

「子供じゃないんだし、心配しないで」

「そうだね。君はとっくに子供じゃない」


 かすれた声で本音を漏らす。

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