大事件 8
再びラファエル視点です(・ω・)キリッ
執務室で書類に目を通していた私、ラファエルの元に飛び込んで来た女性がいる。最優先で取り次ぐように命じていたため、少なくとも途中で遮られることはなかったはずだ。
ニカの侍女であるサラ。
彼女の報告は、私が最も恐れていたものだった。
「ラファエル様、実は……」
「何だと、ニカとソフィアがいなくなった?」
買い物に出かけた二人が、白昼堂々突然姿を消してしまったらしい。同行していた護衛が、街で店に入った二人を見失ってしまったのだとか。
公爵家は今、大変な騒ぎになっているという。
「旦那様が不在なので、私共にできることは限られています。公爵夫人も取り乱しておいでで、何から手をつければ良いのか……」
「他に不審なことは?」
「それがその……以前お耳に入れた文通が、まだ続いているようで」
瞬間、黒い感情が込み上げた。
――私がいるのにまだあいつと?
今すぐ問い詰めたいが、肝心のニカがここにはいない。
「手紙の中身は確認した?」
「すみません、さすがにそこまでは。ですが送られて来た手紙なら、お嬢様が鍵付きの引き出しの中に全て保管しています」
鍵など壊せばいい。
いや、むしろ壊してしまいたい気分だ。
「私の贈り物は拒否するくせに、あいつの手紙は大事にしているのか。それとも彼に騙されている?」
フィルベールは危険な男だった。
ニカ達の失踪には、十中八九彼が絡んでいるだろう。
これまでニカの身を案じながらも手が出せなかったのは、証拠が無く、彼をわざと泳がせていたから。けれど、ニカが消えたとなると話は別だ。
サラには、変わったことがあればすぐに知らせてほしいと頼んでおいた。忠実な侍女は、ニカの日々の様子を教えてくれる。その彼女が急いで来たなら、二人がいなくなってからそれほど時間は経っていないということか。
「サラ、私は先に行く。すまないが後から来てくれ」
公爵家に向かうため、すぐに外へ出た。
馬車に乗る時間も惜しい。
私は護衛と共にそれぞれの馬に跨ると、先を急いだ。
対策を講じていたものの、不安は拭えない。
私はニカが絡むと焦らずにはいられないのだ。
――やはり『悪い虫』などとは言わず、はっきり警告しておいた方が良かったのか? もしあいつが、最初からニカを狙っていたのだとしたら?
今考えても仕方がない。
まずは手がかりを探そう。
ローゼス公爵家に到着した私は、屋敷の者には目もくれず、まっすぐニカの部屋へ向かった。
人払いを命じてニカの机の前に座る。
土の魔法で鍵穴の型を取ると、そのまま回して難なく開けた。引き出しの鍵を壊すまでもなかったようだ。
文箱の中から、手紙の束が出て来た。
私はそれらに目を通し、事態の把握に努めることにする。
「なんだ、これは」
驚くことに誘拐を持ち掛けたのは、ニカの方だ――それも、ソフィア限定で。
彼女の筆跡で書かれた依頼のメモが、なぜかきちんと残っていた。手紙を読む限りでは、相手であるフィルベールの方が誘拐には消極的だ。愛の言葉を書き連ね、女性の喜びそうな場所にニカを誘い出そうとしている。
「これがあいつの手口、なのか?」
彼のことはひとまず置いておくとしよう。
問題はニカだ。
彼女が悪役に憧れていたことは知っている。
牢獄に入ろうと望んでいたことも。
だが、こんな悪事を企んでいるとは思わなかった。計画は片っ端から潰したはずなのに。それならニカは本物の誘拐犯とは知らず、彼に協力を依頼したのだろうか?
――この国の貴族の娘が、他国で売られていたのを見かけたという通報があった。それが、昨年秋の舞踏会シーズンより少し前のこと。そのため私は情報担当大臣に命じ、国外を調べさせていた。
人身売買は重罪で、即刻火宮の刑場行き。
没落貴族の親が金策に困って娘を売り飛ばしたのだとしても、それは変わらない。
調べを進めていくうちに、見目麗しい貴族の令嬢が次々と失踪していることがわかった。人攫いの仕業だとも言われていたが、戻ってこないため犯人の手がかりが全く掴めていない――
人攫いとニカの文通相手。
調査するにつれ、共通項が次々浮かび上がる。
昨年から舞踏会に出没するようになった男は、フィルベール・バルビエと名乗っていた。伯爵家と縁続きであると匂わせ、年頃の令嬢達に積極的に声をかけている。彼と話した女性といなくなった令嬢とが、奇妙なほど合致した。
バルビエ家に問い合わせたところ、そんな名前の人物は存在しないということだった。いるにはいたが、赤子の頃に流行り病で亡くなったのだという。
それなら彼は誰なのか?
危険とは知りつつも「手掛かりに繋がるのなら」と、ニカの父親で情報担当大臣でもある公爵が、彼を泳がせることに決めたのだ。
「あんな男に攫われるくらいなら、早々に手を出しておけば良かったのか? それとも魔法で、がんじがらめにしておく方がいいのかな」
呟きながらも手は止めない。
手紙の中から、地図のようなものを発見した。
ソフィアを攫ってほしいなら、二人でここに来い、ということのようだ。
フィルベールはあくまでも、女性側が自分から行動したように見せかけるのが得意らしい。だからこれまでも家出と誘拐の区別がつかず、捜索が遅れた。
ニカとソフィアに渡した魔法石。
それを使えば身を守れるし、間もなく居場所も判明する。そうは言っても、助けるまで何ごともなければいいが。
「彼女に微かな傷でもついていたら、私は自分の魔力を制御する自信がない」
「ラファエル様……」
「冗談だ、クレマン。あまり酷いことをすると、ニカに嫌われてしまう」
護衛に聞かれたため、苦笑しごまかした。
ニカの憧れる悪役よりも、実際は王子である私の方が黒い。彼女を害する者を傷つけることを厭わないばかりか、婚約を簡単に解消できないよう周りを固めてもいる。
――この事実を知ったら、ニカはどんな顔をするだろう?
ニカは寂しがり屋だ。
自分のしたことで他人が喜ぶと、本当に嬉しそうな顔をする。そんな愛らしい彼女が、悪人になどなれるはずがないのに。
「いい加減諦めて、私にすればいいものを」
「王子、まだですか?」
痺れをきらした護衛のクレマンが、不満そうに抗議する。
「わかったよ。ニカとソフィアが捕えられているのは、たぶんここだ」
私はある一点を指さすと、椅子から立ち上がった。走って外に出た護衛は、後から来た兵に大声で指示を飛ばす。
ニカのおかげで証拠は揃い、二人の救出と犯人確保は時間の問題だ。魔法石がある限り、彼女達は守られる。
「身につけてくれているはずだが……」
急に不安になったので、私達は目的地まで馬を飛ばした。