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めざせ牢獄!【王子の悪役令嬢溺愛編】  作者: きゃる
第三章 意識させたくて
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大事件 7

 首を左右に倒した私が準備運動を終え、床に飛び込もうとしたまさにその時! むくりとソフィアが起き上がる。


「夢じゃなかった。こんな所嫌だわ、帰りたい」

「気持ちはわかるわ。でもソフィア、私達は攫われてしまったみたいなの。だから、変な動きで犯人を刺激しないでね?」


 私は小声で義妹を(たしな)める。

 ソフィアはわかっていないようで、私を責め始めた。


「だいたい、ヴェロニカが道を間違えるから! 間違えたって素直に認めれば良かったのに」

「いえ、それは……」


 驚いた。ソフィアったら、誘拐を私が仕組んだとは考えないの?


「こんな汚い所は嫌~。(のど)が渇いたしお腹も空いた。トイレにも行きたい。ねえ、これ外してよ」


 無理よ、ソフィア。私もさっき言ったけど、ダメだったんだもの。


「トイレか。それならあっちだ。その間だけなら外すから、逃げるんじゃねーぞ」


 え、いいの?


 ソフィアはあっさり足と手の縄をほどかれている。

 それなら今だわ! 


 私はソフィアに身体をくっつけて、彼女の耳に小声で囁く。


「ソフィア、今よ。魔法石を取り出して、思いっきり床に投げつけて」

「前に渡されたあれ? ドレスに合わないし、家に置いてあるけど」

「はあ!?」


 どうして、ソフィア。

 貴重な物だって言ったでしょう? 

 ヒロインなのに、ヒーローからもらったものを身につけてないの?


「何をコソコソしてるんだ。行くのか行かねーのか」

「もちろん行くわ。もう漏れそう!」


 いろいろヒロインらしからぬ言動に、どっと疲れた。


 ――いいや、ソフィアが帰ってきたら、私の分を投げつけてもらおう。


 ところが、戻って来たソフィアは怪しい動きをしたとかで、身体の前できっちり手首を縛られていた。

 

 ――仕方がないわね。それなら私も。


「お願い、私もトイレに行きたいの」

「本当か? そっちの娘と同じように、逃げようとするんじゃねーだろうな? まあ、無駄だが」

「違うわ、ねえ、早く!」


 ソフィアの時はあっさりだったのに、私の時はなかなかほどいてくれないなんて、差別だと思う。


『ブラノワ』では――って、そもそもヴェロニカは加害者側だった。攫われた経験などないから、私のラノベ知識は全く当てにならない。だけど、手が自由になったら魔法石を投げつけよう。


「おおっと、変な動きをするんじゃねーぞ。硬いな、切らねーと無理か?」


 ナイフを取り出す男に気を取られていた私は、入って来た人物に気づくのが一瞬遅れた。


「いいよ、僕が代わろう」

「ボス!」

「お早いお戻りで」

「お疲れ様です」


 その人物を見た途端、私は言葉を失い後ずさる。


「こんなことって……」

「どうしました、ヴェロニカ嬢。まさか僕の顔を忘れてしまった、とか?」

「なっ、でも……あれ、ええっ!?」


 どうして? 

 手配だけだったはずでは?

 彼は今、ボスって言われていた。

 信じたくはないけれど、それなら世間を騒がせている人攫いって……。


「ふふ、驚いているようですね? でもまあ、仕方がありません。この僕も、まさか誘拐の手配を頼まれるとは思っていませんでしたし」

「フィル!」


 彼こそソフィアを誘拐するために手を貸してほしい、と私が頼んだ人物だった。可愛らしい顔をしているのに、悪党の仲間だったなんて。

 

 違う。ボスと言われていたから、悪党の上に君臨しているのね。


「ねえ、ヴェロニカ。彼とは知り合い?」

「ええ、一応」

「ひどいですね。綿密に打ち合わせた仲なのに」

「まあ! それなら、助けてもらえるわね」


 純粋なソフィアが(まぶ)しい。

 これは全て私が招いた結果だ。

 見せかけの悪事を頼んだ相手が、本物の悪人だったなんて……。


 攫うだけでなく売り飛ばすと言っていた。

 このままでは、私もソフィアも二度と家には戻れない。


 ヒロインがいなくなれば、父も義母もあの人もひどく悲しんでしまう。


「さあ、それはどうでしょう? 君のお義姉さん次第かもしれませんね」

「ヴェロニカ次第?」


 フィルは唇を噛む私を面白そうに見ている。

 こんな時なのに、私はラファエルの同じような表情を思い浮かべてしまう。


 紫色の瞳は、もっと優しく温かい。

 少なくとも、彼は人を見下すようなこんなに冷たい目をしたことがない。


 私は心の中で彼に語りかけた。


 ――ねえ、ラファエル。ソフィアをお願いね?


 愚かな私に巻き込まれたソフィア。

 彼女だけは、絶対に助けよう。

 

「いいわ。貴方は私に何を望むの? 言ってちょうだい」


 悪役令嬢たるもの、悪人の前でびくびくしてはいけない。常に堂々としなければ。


「さすがだね、美しい人。話が早くて助かるよ。僕が見込んだ通りだ」

「はぐらかさないで。要求は何?」

(にら)まないで。綺麗な顔が台無しだよ。そうだな、貴女が僕のものになるのなら。それなら、大事な義妹さんを今すぐ解放してあげよう」

「へっ?」


 予想していなかった答えのため、()頓狂(とんきょう)な声が出る。自分で言うのも何だけど、ソフィアではなく私を欲しがるなんて悪趣味だ。


「まさか、私のことが好き……」


 驚きのあまり言葉が先に出た。

 失言に気づいたのは、口から出た後のこと。


「そうかもね。僕は貴女のことが、好きなのかもしれない」

「なっ」


 まさか本物の悪人から、愛の告白をされるとは思わなかった。こんなの、ラノベのどこにも載っていない。


 だけど私の心はジルドのもの……っていうより、義妹の解放と引き換えに脅すなんて、人としてどうかと思う。でもここで私が了承しなければ、ソフィアは逃げられない。それなら当然答えは一つ。


「そう。だったら貴方のものになるわ。ソフィアをすぐに解放してあげて」

「喜んで」


 フィルは言うなり、なぜか懐に手を入れた。

 薄ら笑いを浮かべた彼は、ナイフを取り出す。


「どうして!」

「おや、どうしたの? 美しい人。納得がいかないような顔をしていますが、解放してほしいんでしょう? 魂を」

「違うっ」


 私は驚きソフィアの前に走り出た。

 いざとなれば、身体を張って彼女を守ろう。

 手は動かなくても、足は自由だ。


 フィルは一歩ずつ、私達の方ににじり寄って来た。ソフィアは私の背中に隠れると、一生懸命手を動かしている。そうか!


「邪魔ですよ。どかないと貴女が傷つきます」

「待って。一つだけ聞かせてほしいの。なぜ貴方は、こんなことをしているの?」


 間に合ってほしいと思いつつ、無理な時は義妹だけでも助けようと心に決める。


「なぜ? それは、女性が嘘をつくからですよ。迎えに来ると言ったのに……」


 寂しそうに笑うフィルは、こちらを向きながら遠くを見ているようだ。彼は誰のことを言っているのだろう。もしかして、大事な(ひと)のこと?


「ああ、貴女は彼女に似ているかも。嘘つきな赤い唇がそっくりだ。気が変わりました。貴女を僕のものにしましょう。永遠に――」


 縄が外れた!

 彼がナイフを振り上げるのと、私が魔法石に手をかけるのは同時だった。


「いやーーー!」


 ソフィアの絶叫が聞こえる。

 辺りは赤に包まれた。


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