大事件 5
引き続きヴェロニカ視点です(*^-^*)
ちなみに、誘拐の計画はこう。
1.まず、ソフィアに警戒されないように街で買い物をする。
2.次に護衛をうまく撒き、裏通りに移動。黒塗りの馬車の近くをわざと通って、中から出て来た人物にソフィアを引き渡す。
3.馬車が走り出したのを確認した後、大声で私が助けを呼ぶ。
4.男の子が偶然通りかかるので、その子が警吏に伝えてラファエルを呼びに走る。
悪党も馬車も男の子も、全てフィルが手配した。
隠れ家も郊外に快適な場所を見つけたという。
有能な彼のおかげで、私はすごく助かっている。しかも前金は必要経費のみ。報酬は後払いだから、お値段も非常に良心的だ。
念のため、フィルへの手紙には「大事な義妹なので丁重に扱ってほしい」と書いておいた。彼は「大事なのになぜ誘拐を?」と聞いてきた以外、全て私の指示に従ってくれている。
誘拐作戦決行当日は、私の誕生日。
「自分へのプレゼントを買うついでに、貴女にも好きな物を買ってあげるわ」
ソフィアを家から連れ出した私は、現在街をぶらぶらしている。意外にもソフィアとの買い物は楽しく、今は二人で舞踏会用の髪飾りを選んでいるところだ。
「ほら、こっちの方が貴女の銀色の髪に映えるわよ。お気に入りのドレスともお揃いでしょう?」
私はソフィアに、ピンクの大きな羽とルビーがついた白薔薇の髪飾りを勧めてみた。
「でも、子供っぽいピンクじゃ嫌なの」
「どうして? 好きな人が、大人っぽくなったから?」
「ぽく、じゃないわ。彼はとっくに大人だもの」
ソフィアは大人になったラファエルと釣り合おうと、一生懸命なのね?
珍しく勉強していたのは、そのためか。
王太子妃を目指して、頑張っているのかもしれない。
――待って。それなら彼はもう、ソフィアに好きだと伝えたの?
『ヴェロニカとの婚約に愛はない。本当に愛しているのは君だけだ』
そんなセリフが確かにあった。
誘拐の後じゃなかったっけ?
「あれ?」
今のチクンは何だろう?
自分の胸に、思わず手を置く。
「ヴェロニカ、どうかした?」
「いえ、別に」
胸が痛んだような気がしたのは、きっと緊張のせい。これからの計画に手違いが生じれば、ソフィアとラファエルの仲が取り持てず、私も水宮の牢獄には行けなくなってしまう。
永遠に愛されないのはつらいから。
私だって誰かを愛し、愛されたい。
みんなが幸せになるために、誘拐は必要なのだ。
店を出るなり、ソフィアが私に聞いてきた。
「銀髪に白百合では、地味だったかしら」
「いいえ。ソフィアなら何でも似合うわ。それに彼は優しいから、どんな姿の貴女でも褒めてくれるはずよ」
「そう? ヴェロニカもそう思う?」
ソフィアは私の答えを聞くと、輝くばかりの笑みを浮かべた。一方私は、二人の寄り添う姿を思い描くと、なぜか胸が痛くなる。
羨ましくなんてないんだから。
私には、看守のジルドがいるでしょう?
「ねえ、ソフィア。今の店にもう一度戻らない?」
「え、どうして?」
「せっかくの買い物を邪魔されたくないでしょう? だからね、二人だけで楽しもうと思って」
ソフィアを上手く言いくるめ、さっきの店から裏口を通って外に出た。私達がトイレだと思った護衛は、真面目に外で待っている。護衛を撒いたこの隙に、目的地まで移動しよう。
フィルから指定されたのは、裏通りの外れに停めた馬車。
私とソフィアの二人だけで来るように、と言われている。
お昼時ということもあり、周囲には美味しそうな香りが漂っていた。焼き菓子の甘い匂いや絞ったフルーツの爽やかな香り、肉が焼ける時のパリパリという音や焼き立ての薄焼きパンの香りなど。
そういえば、何だかお腹も空いてきたような。
街の人が暮らす地宮では当たり前だし、前世では馴染み深いもの――私にとって屋台は、取り立てて珍しいものではない。けれどソフィアは初めてなのか、キョロキョロしながら歩いている。
そうか、普通の貴族は買い食いなんてしないものね?
せっかくなので、ソフィアに焼き串を一本買ってあげた。
脂の滴る牛肉に、タレがからめてある一品だ。
「串のまま、直接口に入れて食べるのよ」
そう教えてあげたら、ソフィアは目を丸くして驚いていた。どうしてそんなことを知っているのかと、疑問に思ったのかもしれない。
もちろん自分の分も買い求めた。
「「いただきまーす」」
ソフィアと並んでお肉にかぶりつき、その熱さに目を白黒させる。同じようなタイミングで顔をしかめたことがおかしくて、私達は互いの様子に噴き出した。
笑うソフィアは可愛いくて、とっても幸せそう。仲の良い姉妹はこういうものかもしれないと、柄にもなく考えた。じんわりするこの感情は、憧れていた家族の形に似ているようで。
ソフィアとこんな風に笑い合える日が来るなんて、思わなかった。誘拐のおかげ(?)で、義妹との距離が少し近づいたような気がする。
「次はどこかしら? ヴェロニカは物知りだから、すごく楽しみだわ!」
ソフィアの嬉しそうな顔を見た私は、一瞬胸が痛くなる。
――罪悪感とは、こういうことなの?
疑うことを知らないヒロインは、次はどんなお店に行くのだろうとウキウキしているようだ。今までの確執などなかったかのように、明るい声で気軽に話しかけてくる。
でもごめん、次などないの。
だってヒロインと悪役令嬢とは、相容れない存在だもの。
嫌われて恨まれてもいい。
中途半端な気持ちでは、悪事は成功しないから。
私は再び気を引き締めると、無言でソフィアの手を引いた。
賑やかな表通りに比べると、裏通りは中心から離れるとどんどん寂しくなっていく。ソフィアも不安になったのか、周りを見ながら眉根を寄せる。
「ねえ、ヴェロニカ。もしかして、道を間違えたんじゃない?」
「いいえ。こっちの方で合っているはずよ」
馬車を手配してくれたフィルに、詳しい地図を渡されている。そこには確かに、この通りの名が記してあった。方向や目印となる建物もバッチリだし、時刻もそろそろだ。
『誰かに見つかる恐れがあるから、場所を覚えたら燃やすように』
フィルはそう、手紙に書いていた。
でも、燃やすわけがない。そんなことをすれば、証拠だって消えてしまうから。
悪役令嬢の私は、捕まりたいのだ。
だから地図は処分せず、私の悪事メモと一緒に、カギのついた引き出しの中に大切にしまっておいた。




