大事件 4
ここからは、ヴェロニカ視点です( ̄∇ ̄)
悪役令嬢である私、ヴェロニカは困っていた。
社交界デビュー後に本格的な悪事に励むはずが、なかなか思い通りにいかない。本の中では単純に『誘拐』と書かれていた悪事にも、準備や人手は必要だ。
悪党ってどこで見つければいいんだろう?
とりあえず、誘拐の下見をしておこう。
私は侍女のサラを伴い、「地宮」と呼ばれる街に出た。
馴染みの本屋で本の売れ行きを確認した後、ソフィアを攫うのにもってこいの場所を探す。
街に出掛ける時の私とサラは、安全のため地味な服装をしている。とはいえ、女性同士で危険な地域に行くことはできないから、誘拐できる下見の範囲も限定されてしまう。どの場所も人目があり、これといった決め手に欠けていた。
「困ったわね。どうしよう?」
「お嬢様、どうかなさいましたか」
「いえ、別に」
何も知らない侍女に、「義妹を攫おうとしているの」などと明かすわけにはいかない。優しい彼女を巻き込むつもりはなく、そもそも悪役令嬢は身近な者には頼らないのだ。
途方に暮れていたところ、身なりのいい男性に不意に声をかけられた。
「失礼ですが。貴女はもしかして、ローゼス家のヴェロニカ様では?」
誰だろう? 街に知り合いはいないはずなのに。
不思議に思って見上げると、その人物と目が合った。
柔らかそうな茶色の髪に青い瞳で、可愛らしい顔立ちの若い男?
――そうか、あの時のタルト君!
先日の舞踏会で、美味しいタルトがあると私に教えてくれた親切な人だ。ジルドが渋め、ラファエルが正統派だとすると、彼はアイドル系のイケメンといったところかな?
「あら、奇遇ですこと」
こんな場所で会うなんて、偶然って恐ろしい。
それとも、この近くに美味しい店でもあるのだろうか?
「ああ、やはりそうでしたか。ご挨拶が遅れましたね、美しい人。僕の名はフィルベール。二十一歳になったばかりです。バルビエ伯爵が、私の伯父に当たりまして……」
「ご丁寧にどうも。私のことはご存知のようですし、紹介は要りませんわね?」
言いながらちょっと驚く。
随分若く見えるけど、五歳も上だったのね?
伯爵家の甥っ子らしいけど、私には身分なんて関係ない。
名前を聞いても覚える必要はないので、タルト君でいいや。
そのタルト君。街には何度も通っているらしく、「良ければ案内しよう」と言ってきた。
――だったらもしかして、誘拐できそうなスポットや悪党達にも詳しいの?
「この先に、クグロフの美味しい店があります。お連れの方とご一緒にいかがですか?」
本来なら断るべきだ。
でも、これから悪さをしようという悪役令嬢が、男性の誘いを受けたくらいでビクビクしてはいけない。悪事を引き受けてくれるつてがあるかどうかも、本気で聞いておきたいし。
「ありがとうございます。喜んで」
驚く表情のサラをよそに、タルト君お薦めの店に向かう。
彼は伴も連れずに一人のため、当然のように私の腕を取る。慣れない私は触られただけで、うわっとなってしまう。嫌そうな顔をしてはいけない、我慢だ。
案内された店内でお茶を飲みながら、私はそれとなく聞いてみることにした。
「いろんなことをご存知で、羨ましいわ。もしかしてその……秘密、なことも?」
「秘密? どういった類のものでしょう」
困ったわ。サラも聞いているから、はっきり『悪党』と口にはできないし。何より彼に怪訝な顔をされたら、「勘違い」と言い訳できるくらいでなくっちゃ。
「そうね。例えば、秘密にしておきたいこと。人に言えないようなお願いでも、引き受けて下さる方をご存知、だとか」
「お願いにもよりますが。貴女のように美しい方の頼みなら、彼らはきっと断らないでしょう」
いや、美しいとかそういうのはいいから。聞きたいのは、誘拐の手助けをしてくれるかどうかだ。
あら?
彼らってことは、そういう感じの知り合いがいそうね?
「然るべきものを用意すれば、大抵のことは請け負って下さるということ?」
「そうですね。交渉次第でしょうが、それは僕にお任せ下さい」
「まあ素敵!」
悪人の給料がいくらで、誘拐の特別手当がどのくらい必要なのかはわからない。でも、ソフィアを連れて行くだけで、危害を加えるわけではないのだ。そこまで高くないとは思うけど、まずは相談して見積もりを取ってもらおう。拒否されるかもしれないし、高すぎて無理ならキャンセルすればいいんだし。
隣のサラはきょとんとした表情だ。
話が飲み込めていないようで、良かった。
そんなわけで、私は彼と手紙を交わしながら、ヒロインであるソフィアを誘拐する計画を練った。タルト君――フィルの甘い言葉はもちろんスルーで。淡々と必要事項のみを確認していく。
侍女のサラは私の浮気を疑っていたようだけど、ラファエルとは元々形だけの婚約だし、もうすぐ破棄されるので問題はない。将来出会うジルドも、文通だけなら許してくれるはず。
「それにしても、まどろっこしいわね。ラノベの悪役令嬢は、ちゃっちゃと悪事を重ねていたのに。誘拐の計画だけで、半年以上かかるなんて……」
「お嬢様、何かおっしゃいましたか?」
「気にしないで。単なるひとりごとだから」
「その割には真剣なご様子でしたけど。ともかく、私の名前を使うのは構いませんが別の方と婚約されているってこと、忘れないで下さいね!」
サラがぷりぷり怒るので、私は彼女にこう告げた。
「大丈夫よ。もう少しでソフィアが元気になるから、楽しみに待っていて」
ソフィアは最近、付き添いの侍女と共にいそいそと出掛けていく。私とは別の日に天宮に通っているようだ。王子との愛を育んでいるのだろうけれど、過剰に迫られていないか心配になってしまう。
――ラファエルは私に対してさえあんな風だから、本気の相手だと……年下の義妹には刺激が強すぎるのでは!?
そのソフィア、思い悩んだ様子で今日もため息をついている。
「まだまだ、なのかしら」
ごめんね、もうすぐよ。
王子に助け出されたヒロインは、彼との仲を急速に深めていく。だから私は、悪役として頑張らなければいけない。それなのにラファエルのことを考えると、何だかモヤっとしてしまう。そういえば先日も、彼はソフィアを薔薇の花に例えていた。
『残念なことに最近、私の大事な薔薇に悪い虫がついているようでね』
私は最初、薔薇の病気が流行っているのかと勘違いしてしまった。我が家も品種が多いから大変だな、と。
『駆除したいがそうもいかない。悩ましい限りだ』
病気なのに放っておくわけがない。
それなら薔薇は例えで……そうか、白薔薇だからソフィアね!
じゃあ、悪い虫とはどういうことだろう?
『私の思い過ごしであればいいけれど。大切な薔薇には、元気よく育ってほしい』
ソフィアに元気がないことを言っているみたい。
だったら悪い虫とは……私だわ!
薔薇がソフィアで虫が私。彼は私に釘を刺したのだと思う。「駆除したい」とまで言い出すってことは、「あまりやり過ぎると虫のように潰すぞ」という脅しなのかもしれない。だからといって、誘拐をやめるつもりはないけれど。




