大事件 1
ニカの社交界デビューの翌日、私は彼女へのプレゼントを用意しようと張り切っていた。
手にしたのは水晶によく似た魔法石で、手のひらの八分の一ほどの大きさだ。
――いや、まだ魔法が込められず空の状態だからただの石か。
だが、ここに魔力を込めて魔法陣を描くと、魔法石が出来上がる。
これに革紐を括りつけてペンダントのようにすれば、扱いやすいだろう。魔力を封じ込めた石はいざという時のお守り代わりにもなるから、我ながら名案だと思う。
ニカがどの属性と相性がいいのかわからない。だから私は、全ての属性を凝縮して石に込めることにした。
人払いをし、部屋に鍵をかける。
床に描いた魔法陣の中に立った私は、背中の翼を大きく広げた。
成長するにつれ大きくなった羽は、翼と呼ぶに相応しく、出し入れ自由だ。魔力によるものなので、高度な魔法を扱う時には出していた方が力が湧き、集中できる。
「ソフィアと同じ物、というと二つか。実は貴重な品だとニカは気付くだろうか?」
全ての属性を込めた魔法石。
二つもあれば、かなりの高値で取引きされるだろう。けれど、せっかくの贈り物を拒絶されたら困るので、そのことを告げるつもりはない。
目を閉じ、石に集中する。
彼女を想い、少しずつ魔力を注ぎ込む。
五つの属性全てだと体力を消耗するし、さらにその上から複雑な魔法陣で封印するため気力も消費する。一日につき一つ作るのが限界だろう。
数日後、完成した魔法石のネックレスを持って、私はニカのいる公爵家を訪れた。
残念ながら社交界デビューを済ませた後は、成人として扱われる。そのため我が国では婚約者といえども、女性の部屋には気軽に入れない。私は案内された応接室で、おとなしくニカを待つことにした。
今日のニカは落ち着いた紫色のドレスを着ている。彼女が着ると派手にならず、品良く見えるから不思議だ。私はソファから立ち上がり、彼女を迎えた。
「やあ、ニカ。早速持ってきたよ」
「ごきげんよう、ラファエル。持ってきたって何のこと?」
「プレゼントだ。高価な物ではダメなんだろう? その分たっぷり愛情を込めておいたから」
「愛情?」
正確に言えば魔力だけど。
まあ、愛情もたっぷり入っているので嘘ではない。
私はソファに腰を下ろし、懐から薄紫色の布を取り出した。中を開き透明な水晶のようなものをニカに見せる。描かれた複雑な魔法陣を見たニカは、これが魔法石だとすぐに気づいたらしく、息を呑む。
茶色い革紐と組み合わせ、ペンダントのようにしてみた。ニカの出した条件通りソフィアの分もある。
「お守りだ。君と……ソフィアに」
「わざわざありがとう」
「困った時に使うものだ。叩きつけて壊せばいい」
「壊したら、何が起こるの?」
「それはお楽しみ。そんな機会が訪れないことを祈るよ」
君と一番相性のいい魔法が飛び出して、身を守る盾となる。今そんなことを言えば、頭のいい君はこの価値がわかり、贈り物を拒んでしまうだろう。
「ラファエル、こんなに高価な物は受け取れないわ」
「高価? いや、タダだけど」
「タダ?」
「ああ。石と革紐は用意したけど、中の魔法は私のものだ。案じなくていい」
石を顔の前にかざしてじっくり眺めるニカ。何だろう? 叩き割りたそうな顔をしているけれど……。
「でもまあ、大変だったかな? 同じ物を作るには、魔力と時間を要する。ニカ、まさかここで確認したりはしないよね?」
間を置かずに魔法を全種類使うのは、結構しんどい。いくらニカのためでも、遠慮したいところだ。私の言葉を聞いたニカが、ごまかすように笑う。
「せ、せっかくのプレゼントをいきなり壊すわけないじゃない。ソフィアも喜ぶわ。待ってて、今呼んで来るから」
「いや、いい。会わない方がいいだろう」
私は顔を引き締めた。
自分をフッた相手と、すぐに会いたいと思う女性はいないはず。懸命に慰めたクレマンからの報告を、私は聞いている。
ソフィアは私とニカが踊る姿を目にした後、庭に走り出てずっと泣いていたそうだ。
「そんなに激しく仲違いしているなんて……」
いいや、仲違いはしてないな。
ソフィアの告白をきっぱり断っただけ。
「それよりニカ。せっかくだから、つけて見せてほしい」
「え、これ?」
素直なニカは、言われた通りに首からかけた。途端に石に描かれた魔法陣が、ポウッと赤く光る。
――赤、ということは火と相性が良さそうだ。私はソファから立ち上がると、ニカの後ろに回る。
「革紐は調節できるようにしておいたから」
言いながら私は、革紐に手を伸ばした。
調節しやすいようにするためか、ニカが自分の髪を束ねて前で持つ。そのせいで、白いうなじが私の目の前にあった。指先が触れる度、くすぐったいのを我慢している姿がすごく可愛い。
――もしかして、誘っているのか?
「これでいい」
ニカの肩に手を置くと、魔力を込めて首筋にサッと口付ける。効果が現れればいいが……。
「え? 何今の……」
ニカが私の触れた場所を手で隠しながら、慌てて振り向いた。驚いて丸くした目の、赤い瞳がとても綺麗だ。ニカにはやっぱり赤が似合うな。
「何って……白いうなじを見せつけるから、どうぞってことかと思って」
「はあ!?」
クスクス笑う私を呆れたように見守るニカ。
私の婚約者は、今日も果てしなく可愛いかった。