君を振り向かせるために 7
フロアになだれこむ多くの人を見て、ニカが退ろうとする。私はとっさに彼女の腕を掴み、引き留めた。
「まだだよ。次もワルツだ」
「何で? 一曲だけって約束は?」
「約束はしていない。私のパートナーは君だけだから」
「いえ、別に他の子と踊ってもいいのよ?」
「どうして? 私の婚約者は君だ。次も踊らなければ、意味がない」
夫や婚約者以外の相手と続けて踊ってはいけない。逆に言えば、婚約者として認知させるためには、続けて踊る必要がある。ニカもそのことを思い出したらしく、私に向き直った。
「さあニカ、もう一度。曲は変わってもステップは一緒だ」
私はニカの手を取った。
雰囲気に呑まれているのか彼女の顔は上気して、いつもより赤いような気がする。このまま君が、私を男として意識してくれたなら……。
けれどニカは、曲が始まるとすぐキョロキョロ。
「ソフィアが見当たらないわ」
「心配ない。彼女のことは、別の者に頼んでいる」
「迷惑をかけていないといいけれど……」
「ヴェロニカ、今は私に集中して?」
「でも……」
私はにっこり微笑み、わざと「ヴェロニカ」と呼んだ。婚約者の務めとしてなら、私の側にいてくれるのかな?
舞踏会は大盛況で、社交界デビューは若い女性のお披露目の意味もある。ニカに気を取られる男どもを牽制するため、私は彼女の身体をわざと引き寄せた。
「ぶつからないよう気をつけて」
甘く囁き、胸に彼女の頭を押し当てた。
ねえ、ニカ。
私の鼓動が聞こえている?
腰に回した腕の熱さを感じられる?
「待って。これはちょっと、密着しすぎのような気が……」
「そんなことはない。周りを見てごらん? パートナーなら当然だ」
踊るスペースが狭いため、男性側が女性を上手くリードしている。中には夫婦なのか、必要以上に接近している者もいた。
ニカの同意さえあれば、もっとくっつきたいところではある。でも、恥ずかしがりやの彼女が、これ以上を認めてくれると思えない。
必死で力を入れ、私から距離を取ろうとするニカ。
――引き寄せるたび固くなって背中を反すから、余計に胸が当たるんだけど。
気づいてないのは可愛いが、少し苦しくもある。
そろそろ頭を冷やそうか。
「そんな顔してどうした。さすがに疲れたのかな? いいよ、それなら休憩しよう」
「ええ、お願い」
緊張していたニカは、踊り疲れてもいるのだろう。私に身体を預ければ、もっと楽に踊れただろうに。
私は澄ました顔で彼女に貼り付き、食事や飲み物を取り分ける。
「これくらい、自分でできるのに」
「私がしたいんだ。気にしないで」
「気にするなと言われても、王子がこんなことをするなんて」
「だって、君は私の婚約者だろう?」
「そういうことになっているけど……うう、令嬢達の視線が痛いわ」
そういうこと、じゃなく事実そうなんだ。破棄するつもりなどもちろん無い。
けれど、ニカと二人で休憩していた私は、令嬢達に取り囲まれてしまう。
「あの、よろしければ私と一曲……」
「ごめんね。別の女性と踊ると、ヴェロニカが可愛く拗ねるんだ」
「ずっと憧れていました。一度だけでも踊っていただけませんか?」
「他の人とは踊らないと約束している。婚約中だしわかってくれるよね?」
ニカ以外と踊るつもりはなかったので、かけられる声を作り笑顔で次々躱す。片っ端から断ると、ようやく理解したのか残念そうに離れて行った。ため息をつき傍らを見ると、ニカが消えている!
思わず舌打ちしそうになった……彼女はどこだ?
美しいニカはすごく目立つ。
見れば、茶色い髪の若い男と端の方に歩いて行くところだった。
――王子である私の婚約者に手を出すとは、どういう了見だ?
私は追いかけ、行く手を塞ぐ。
「名を聞こうか。私の相手と知りながら、彼女を誘った君の名を」
「そんな、大げさだわ!」
ニカに庇われたその男は、私の視線を正面から受け止めた。おどおどしているように見せかけてはいるものの、これがこの男の本性ではなさそうだ。
目を細めた私を見て、男が素早く言い訳する。
「失礼致しました。あまりに美しい方でしたので、つい。ごめんなさい、僕はこれで」
男は一礼すると後ろも振り返らずに去って行く。その様子がふてぶてしく見えるのは、気のせいだろうか?
「もう! ラファエルったら。彼に教えてもらうはずだったのに……」
ニカの言葉にギョッとする。
あの男は君に何を言ったんだ?
「何を? 君は彼から何を教わるつもりだったの?」
余裕がなく、真顔になる。
ニカの肩を掴んだ私は、思わず彼女に詰め寄った。
「え? 何ってタルトだけど? 今まで食べた中で一番美味しい物が、奥にあると言うから……」
「そんな嘘を信じたの? 君を狙う男を前にして?」
「どういうこと? 狙われるようなことをした覚えはないわ」
異性を惹きつける自分の美貌に気づいていないというのも考え物だ。いや、今の男はそれだけではなかったような。私は焦って言葉を続ける。
「ニカ、危機感を持った方がいい。私と婚約中だと知りつつ、君に近づきたい男はいっぱいいるんだ」
「まさか、ソフィアじゃあるまいし。ラファエルったら心配性ね。タルトを取りに行こうとしただけじゃない」
君だから心配なんだ。
甘い物好きのソフィアなら、男が何を言ってもタルトから離れないだろう。だが君は……。
「そうだね、君とソフィアは全く違う。だから、誘いに乗るのは承服しかねる。気になるなら別の日に作らせるから、全て味わうといい」
「要らないわ。どれだかわからないし、そんなに食べられないもの。それに、私に手間とお金をかけるのもどうかと思うの」
「君は私から、何も受け取ろうとはしないね」
悲しい気持ちで口にする。
君はいったいいつになったら、私に振り向く?
「それなら一つだけ。ソフィアと同じ物ならもらってあげるわ。高価な物はダメだから」
「わかった。楽しみにしていてくれ」
高価な物が要らないとは、本当にニカらしい。
だけど、これでようやく贈り物ができそうだ。
「せっかくだから、もう一度踊ろうか」
「そんなに踊りたいなら、別の人を誘ってもいいのよ?」
「いや、君以外の人と踊るつもりはないよ。じゃあ、外に出よう。今夜は月が綺麗だ」
「食後の運動ってこと? ねえ、それよりソフィアは? ずっと姿が見えないのも、却って気になるんだけど……」
「私といるのにソフィアの心配? ニカは優しいね」
ニカは婚約者の私より、ソフィアを優先する。
まだまだこれから、ということか。
「いいよ。それなら探しに行こう」
ニカの手にわざと指を絡める。
ここまでなら、君も許してくれるだろう?
ソフィアは、護衛のクレマンと外にいた。表情の乏しい彼が、珍しく困ったような顔をしている。
「つまらないからすぐに帰りたい」
ソフィア、もう少し早く言ってくれれば良かったのに。
「ああ、気をつけて」
素っ気なく口にすると、私は二人を馬車まで見送った。
いつもありがとうございます(^∇^)
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