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めざせ牢獄!【王子の悪役令嬢溺愛編】  作者: きゃる
第三章 意識させたくて
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君を振り向かせるために 6

 ニカに勘違いされただろうか?

 護衛のクレマンに軽く(うなず)きソフィアを託すと、私はそのままニカに声をかける。


「お帰り、ニカ。準備ができたら行こうか」

「え、ええ」


 彼女の赤い唇から、私を責めるような言葉は出ない。


「行ってくるから。おとなしくしているのよ」


 ニカはソフィアにそう言うと、私と一緒に部屋を出た。

 早めに誤解を解いておく必要があると思った私は、話をするためニカを小部屋に連れて行く。


「ニカ、聞いてほしいことがあるんだ」


 このまま話していいのだろうか? 

 ソフィアに告白されたと、ニカに伝えても? 


 でも万が一、「それならソフィアとくっつけば? 私は全く気にしないわ」と言われてしまえばおしまいだ。既にジルドが現れた今、どう転んでもおかしくない。


 ニカの語った通りになるなら、私はニカとは結ばれない運命だ。それならニカの気持ちが私に傾くまで、もう少し黙っていよう。


 真面目な顔で続きを待つニカに、私は別のことを語る。


「ごめんね、ニカ。お父上の公爵は、この場に来られない。詳しくは教えられないけれど、大きな仕事を任せているんだ」


 これは本当で、調査のため国外に派遣した。

 娘の晴れの日に重なってしまい非常に申し訳ないが、急を要する案件だった。ちなみにジルドも同行している。


「別にいいの、いつものことだもの。それより急がないと、皆さんお待ちかねなのではなくて?」


 なぜかホッとした顔のニカと一緒に、大広間へ向かう。




 ニカと腕を組み会場に足を踏み入れた途端、大勢の目が――特に男性の視線がニカにまとわりつく。近頃彼女はますます大人びて、匂うような美しさを漂わせている。スタイルも素晴らしく、この中で一番綺麗だ。私はニカの腰に回した手に力を込めた。

 

 一方ニカはそんな私に気が付かず、大広間を見回しているらしい。そんな彼女の視線が、ある一点で止まる。


 ――なんだ、ソフィアか。


 先ほどの私の言葉を聞いたソフィアが、ニカと一緒の私の様子を見に来たのだろう。


 後ろには護衛のクレマンが控えている。ソフィアの態度が悪ければ、打ち合わせ通りここから連れ出す手はずだ。短い金髪に固い顔つきのクレマン。彼なら冷静沈着だから、ソフィアのお守りを安心して任せられる。


 ソフィアを案じるニカに、私は(ささや)く。


「彼女なら大丈夫だ。言い聞かせたら、わかってくれた」

「そう。それならいいけれど」


 ソフィアより、気にするなら私のことを。

 大人になった君に私が喜んでいることを、もっと知ってほしい。


「それよりニカ、綺麗な君をどうしよう? 着飾った姿を、みんなに見せるのが惜しいような気がしてきた。ファーストダンスが終わったら、二人で抜けようか?」

「冗談を言っている場合じゃないでしょう? 王子が抜けてどうするの。ねえ、もしかして酔っている?」

「そうだね、酔っているのかも。君の美しさに」

「いえ、真面目(まじめ)に聞いているんだけど」


 至って真面目なのに。

 褒め言葉を素直に受け取らないニカは、他を圧倒するほどの己の美しさに気づいていないようだ。私は自慢の婚約者をエスコートし、フロアの中央に進み出る。周囲に知らしめるこの瞬間を、私はずっと待っていた。


 ――ヴェロニカ・ローゼス嬢は私の相手で、正式な婚約者。誰にも渡さない!!


 ニカはかなり緊張していた。

 真っ直ぐ顔を上げてはいるが、手が少し震えている。

 その様子が、「こんなんじゃ出られない」と言いながら、落とし穴の底で強気に振る舞う子供の頃と重なった。


 私は当時を思い出して口の端を上げ、彼女の耳に唇を寄せる。


「大丈夫、リラックスして踊ればいい。何度も練習しただろう?」

「ええ、そうね。でも、失敗したらと思うと怖くって……」

「ニカ、君の弟子を信じて」


 きちんとリードするから、たまには私を信用してほしいな。


 (あらかじ)め伝えておいた通り、何度もニカと練習した曲を楽団が(かな)で始めた。ワルツの調べに合わせ、彼女が踊り易いように導く。出だしこそぎこちなかったものの、練習の甲斐あってニカは自然な動きだ。その調子だと言うように、私は彼女に微笑みかけた。


「ニカ、すごく上手だ。一番最初に君と踊ることができて嬉しい」

「エルったら、嘘ばっかり」


 久々にエルと呼ばれた。


 ――弟子の話を持ち出したから、男として見られていないのか?


 一番始めは確かにダンスの教師とだが、それを数に入れるつもりはない。正式な舞踏会で踊るのは、やはりニカが初めてだ。


「嘘じゃない。公式な場で堂々と踊れるんだ。私の相手は君だと、みんなに知らせることができる」


 ニカの考え込む表情を見て、回した手に力を入れて引き寄せる。支える腕の強さを、感じてほしくて。


 ――私は女装をしていたエルじゃない。正真正銘男で、大人となったラファエルだ!


 心の声が届くはずはないのに、ニカが身体を強張(こわば)らせた。私は彼女を怖がらせないよう、優しく話しかけることにする。


「素敵だ。君からは、薔薇のいい香りがする。大好きだよ、私の薔薇」


 公爵家の庭には、いつも薔薇の花が(あふ)れている。ニカは薔薇が大好きで、日頃から薔薇の香油を好む。いつもより念入りに仕度をしているせいか、香りがより強い。私はニカに顔を寄せ、彼女の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

 

「うわっ」


 そんな私に動揺したのか、ニカがステップを踏み間違えてしまう。

 バランスを崩した彼女の身体を腕一本で支え、そのままターンする。たったあれだけの仕草でニカがうろたえるとは思わなかった。


 ――それとも私が、大好きだと言ったから?

 

「ごめん、こんな時に言うつもりではなかったのに」

「こんな時って? 酔っ払っている時にってこと?」

「違うよ。全く飲んでいない。それよりほら、曲が終わる」


 最後にニカをくるりと回す。

 赤いドレスの(すそ)が広がり、咲く花のようだ。


 曲が鳴り止み互いに礼をしたところで、会場から歓声と拍手が鳴り響く。無事ニカのお披露目は終わり。これからは、自分のために楽しもう。

 

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