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めざせ牢獄!【王子の悪役令嬢溺愛編】  作者: きゃる
第三章 意識させたくて
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君を振り向かせるために 2

 季節は秋を迎えた。

 ニカは最近何かを悩んでいるらしく、この前偶然こんな言葉を聞いてしまう。


「何一つ悪役っぽいことを成し遂げられていないわ。このままだと将来『水宮の牢獄』で看守のジルドに会えなくなるじゃない」


 まだそんなことを?

 だが、それこそ私の思うつぼ。

 このまま諦め、ニカだけが偽物と思っている私との婚約を、本物にすればいい。

 

 それよりも気になるのは、ニカの装いだ。

 同じドレスを何度も着ていることがある。


 ーーよほど気に入っているのなら別だが、そうでもないらしい。新しい物を仕立てないとはどういうことだろう? 公爵家の資産は相当なものだから、ドレスや宝石など望めばすぐに用意できるはずなのに。


 不思議に思った私は、サラという侍女にニカの様子を聞いてみることにした。


 調理場の見習いだった彼女は、ニカと仲が良く私ともたまに話をする。料理の才がなく危うく公爵家を首になりかけたところを、ニカが必死に頼み込み救ったそうだ。以来、ニカに恩義を感じたサラは、彼女の侍女として働いている。


「サラ、ニカのドレスがこの前と同じ若草色とは、どういうことだ?」

「王子様、実は……」

 

 サラの話はこうだった。


 ローゼス公爵が不在がちのため、現在屋敷の管理の一切を公爵夫人が取り仕切っている。そのため、ニカに金銭を用意しないばかりかドレスも必要最低限で、その分をソフィアのドレスに回しているらしい。ニカが何も言わないのをいいことに冷遇している、とのこと。


「私が言ったとは、絶対誰にもおっしゃらないで下さいね」

「ああ。ところでサラ、給金をはずむから私の下で働く気はないかい?」

「いいえ、私がいなくなればヴェロニカ様が苦労しますもの」

「いや、実際にはこのままで。ニカの様子を彼女に内緒で、時々私に報告するだけでいい。天宮での用事を君に頼むこともあると、公爵夫人には言っておく」

「それでしたら。でも、お嬢様に秘密にするって……」

「その方が、彼女の自然な様子がわかるだろう?」

「ラファエル様は、本当にお嬢様のことがお好きですよね」


 私は唇の端を軽く上げるだけに(とど)めた。

 ニカ本人が未だにわかってくれないのにな、と思いながら。


 



 後日、ドレスをプレゼントしようと考えた私は、ニカを天宮に呼び出した。彼女の好みを聞き出して、仕立て屋に採寸させるためだ。


 あいにく別件の仕事が入ってしまい、先に図書室で調べ物をすることに。私がここにいることは秘書官が知っているから、間もなく到着するニカを案内してくれるだろう。


 国境付近の再三に渡る崖崩れ。防ぐためには周囲を測量し直して、補強する必要がある。あの地域は他より水はけが悪いので、樹木を増やす必要もありそうだ。早急な対策としては――。


 専門の書物に集中していた私は、正面の席にニカが腰かけるまで全く気付かなかった。

 ニカは持って来た本を読まずに、私の顔をチラチラ(うかが)いながらブツブツ呟いている。私の用事は終わったが、面白そうなのでもう少し放っておこう。


「描くと案外難しいわね。もう少し顔を上げてくれたらいいのに」


 自分の手元を見ながら、ニカが首を傾げる。

 何のためかはわからないが、恐らく私の顔を描こうとしているのだろう。すぼめられた赤い唇や、しかめた表情がおかしい。


 私は笑うのを我慢して、真面目な顔で調べ物を続けるフリをする。


「バランスが良くなかったせいかしら。びっくりするほど似ていない」


 困ったように言うとは、どれほど似ていないんだ? 


 噴き出しそうになるのを我慢するが、私もそろそろ限界だった。


「もういいかな? ニカ」

「なっ、貴方気づいて!」

「君があまりにも一生懸命だったから、声をかけられなかったんだ」

「何のこと? 私は読書をしていて……」


 ニカの前にあった本を引き寄せ、パラパラめくる。恐らく読む気はなく、ただ目についたものを適当に持って来ただけだろう。


「へぇ、『生命誕生の神秘』か。君は夫婦の(いとな)みに興味があるんだね?」

「ええっ!」


 革表紙は豪華でタイトルも飾り文字だが、中身はかなり具体的だ。大の大人でも、赤面してしまうだろう。国外の言葉で書かれているため、ニカが読み解けるとは思えない。

 

「違うわ。読もうと思ったけど、文字が読めないから諦めたの」


 やっぱりね? 

 変なところで正直だけど、ニカが大人の行為に興味があっても私は別に構わない。むしろその方が……。

 いや、こんな所で考えることではないな。


「そう、残念だ。それで、本当は何をしていたの?」

「何って、えっと」


 私の顔と手にした紙を交互に見比べるニカ。大丈夫。君が描いてくれた物なら、たとえ下手でも上手と言おう。


「あまり似てないんだけど……」


 ニカが渋々差し出した絵を見て、私は仰天する。


 この(ゆが)んだ円は何だ? 

 ふさふさしたものがあるから、犬? 

 それともこれは本で、図書室を描いていたのか?


「ニカ、えっと……これは何かな? てっきり、私のことを描いているんだと思ったのに」

「何って? だから貴方よ。そりゃあ、そっくりとは言い難いけれど」

「ゴホッ、コホン。抽象画もたまにはいいね」

「いいえ、思いっきり写実画なんだけど?」


 褒めようと思ったが、無理だった。

 ニカの画力は恐ろしく低い。


「君にも苦手な物があると知って嬉しいよ。そうだな、たとえば私なら……」


 言いながら私は、机の上の羽ペンを手にした。

 幸い余白があったので、その部分にニカの顔を描く。


 彼女のことなら何度も思い返しているから、あまり見なくても頭に入っている。赤い瞳も白い肌も小さな赤い唇も、全ての魅力を絵に写し取れないのが残念だ。


「こんなものかな? もちろん、本物には(かな)わないけどね」


 正直な感想を口にする。

 心に残る表情を切り取っても、目の前の生き生きしたニカには遠く及ばない。


「やっぱりハイスペックだわ……。ねえラファエル、この絵もらっていいかしら?」

「もちろんどうぞ。それより私は、君にドレスを贈ろうと思っているのだが」

「要らない。こっちの方が素晴らしいもの」


 ニカは他の女の子達と比べて、価値観が全く違うようだ。私の描いた絵を喜び、高価な贈り物を嫌う。どんなに勧めても、ドレスは結局了承してもらえなかった。


「悪役令嬢たるもの、自分の物は自分で用意しないとね」

 

 私は君から目が離せない。

 これ以上、私を振り回してどうするつもりだ?


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