君を振り向かせるために 1
ニカに大人の男だと意識させよう――。
そう考えて、近頃は子供っぽい「僕」でなく「私」と言うように心がけている。魔法だけでなく、身体ももっと鍛えることにした。お陰で剣の腕前も相当上達したと思う。
婚約者としてニカを公務に引っ張り回すのは相変わらずだが、外出時はなるべく公爵家に立ち寄り、私という存在を主張し続けている。
ニカは時々迷惑そうな顔をするものの、『王子の婚約者』という縛りがあるせいで、私を邪険に扱えない。「会えて嬉しい」と抱擁する私に対し、困った顔をしながら背中におずおずと手を回す。そんなところも可愛くて、毎回大げさに抱き締めていた。
背格好が大人に引けを取らない程成長した私――ラファエルは、十五歳になっていた。
その日も私は、公爵家を訪問しようと思い立つ。
「エル! ようこそ。会えなくて寂しかったわ」
嬉しそうに出迎えてくれたのはソフィアで、肝心のニカはまたしてもなかなか現れない。いつものことだと肩を竦める私は、つれない婚約者の態度にもどうやら慣れてきたらしい。
この頃は、ソフィアが私を熱っぽく見つめる。
こういう表情や必要以上に近寄る態度は、宮殿で目にする女の子達とそっくりだ。
「こんにちは、ソフィア。ニカはどこにいるのかな?」
ニカの義妹のソフィアを雑に扱うこともできないので、私は敢えて気づかないフリ。さりげなく注意を逸らしたり、回された腕をやんわり外したり。
私が好きなのはニカだから、ソフィアを異性として見たことはない。
「さあ、また外にでもいるんじゃない? 懲りずに悪さをしようとしているみたい」
「そう。この前は『血のり爆弾:改』だっけ?」
「そんな感じ。熟れたトマトを用意していたから、先に投げつけちゃった。まあ、あんなの投げられたとしても、余裕で避けられるけど」
「そうだね。ソフィアは足が速いから」
「ねえエル、そんなことより向こうでお茶にしましょう。美味しいお菓子が手に入ったのよ」
甘えたように言いながら、ソフィアが私の上着の袖を引っ張った。
「ありがとう。でも私は、ニカの様子を見てくるよ」
「もうエルったら、ヴェロニカばっかり! 私のこともソフィーと呼んでいいのに」
ニカばっかりって……。
彼女は私の婚約者だから、特別な名前で呼びたいのは当然だろう?
「いや、遠慮しておくよ。ニカは庭にいるんだね?」
「たぶんね。ヴェロニカなんて大嫌い」
膨れるソフィアをその場に残し、私はニカを探すことにした。もちろん護衛に目配せし、私達の邪魔をしないよう「ソフィアを引き留めて」と念押しすることも忘れない。
護衛のクレマンが頷いたので、私は安心して庭に向かうことにした。
出会った頃に比べると、ニカはさらに大人っぽく美しくなっていた。
今は長い黒髪を一つに結び、動きやすそうな若草色のドレスを着ている。袖からのぞく腕は白く、すらりとした身体や振り向く顔もかなり綺麗だ。
手にしたスコップで庭いじり(彼女の場合は園芸ではなく落とし穴堀り)でもしていたのだろうか?
「あら、ラファエル。今日はなあに?」
「何って、麗しい婚約者にただ会いに来るだけではダメなのかな?」
「そ、そんなこと!」
褒めると未だに動揺するニカは、すごく愛らしい。彼女は最近、私のことを「ラファエル」と呼び、頬に朱が差すこともある。だからこそ私は、彼女のために男として振る舞う努力をやめられない。
「ニカ、なんてことだ! 君の白い肌に傷がついている」
「ああ、これ? 枝か何かに掠って切れてしまったのかもしれないわ」
見れば、彼女の腕の内側に赤い筋が付いていた。
嫁入り前の娘が、肌に傷を残してどうする?
「気をつけてくれ。君一人の身体じゃないんだ」
結婚すれば私のものにもなるだろう? それとも今から、強引に教えてしまおうか。
「お、大げさだわ。どうせ腕だし、こんなの舐めときゃ治るし」
「そうか。それなら私がしよう」
「はあ!?」
私は彼女の手首を掴むと、傷口に唇を寄せる。
白い腕にわざとゆっくり舌を這わせた。
「待って、今の違う。冗談よ、冗談!」
うろたえて、必死に腕を引き抜こうとするニカ。
こんなに楽しいことを、私が途中でやめるはずがないだろう?
腕をしっかり掴んだまま、聞こえないフリをする。
「そんなことをしても治るわけないでしょ! お願いだからもう止めて」
「そうかな? もう治ったようだけど」
「え……あれ?」
私は詠唱無しで魔法が使えるから、小さな傷くらいすぐに治せる。舐めたのはほんの気まぐれ。可愛すぎるニカがいけない。
傷の消えた腕を見て、ニカが私に尋ねた。
「ラファエル、貴方の得意な属性って光?」
「どうしてそう思う?」
「だって、癒しとか浄化って光の魔法よね」
「そうだけど、当たってはいないかな」
「へ? だって、これって……」
「たまたまかもしれないね? わからないから、次も試してみようか。君が怪我をしたら、常に私が治してあげる」
「け、結構です」
慌てて自分の腕を引っ込めるニカ。
私が得意な魔法は一つではないから、当たり、ではないな。
「今のって光魔法?」と聞かれたら肯定するが、属性を聞かれたため、わざとはぐらかしたのだ。
案の定、ニカは首を傾げている。
以前、私が魔法を扱えることは教えてあげたから、癒しは光魔法のはずだと悩んでいるのだろう。怖がられて離れられるのは嫌だから、全てが得意だと当分明かすつもりはない。
「怪我をするたび舐めて治す」というのは魅力的だが、もちろん冗談だ。言った瞬間顔を赤らめたニカが、たまらなく愛しい。