王子として 3
機会がある度、僕はニカを公務に伴う。今年は港町に新しくできた船を見に行く予定だ。
13歳となったニカは、海をイメージしたのか白に青いラインの涼し気なドレスを着ている。袖がふくらんでいて、腰の青いリボンが可愛らしい。何より爽やかで、彼女にぴったりだ。
「どうかしら? 派手なドレスは避けたんだけど」
「大丈夫、何を着ていても君が一番綺麗だ」
「もう、エルったらそればっかり。真面目に聞いているのに」
いつも本気なんだけどな?
膨れるニカはやっぱり可愛い。
今日も退屈しなくて済みそうだ。
港への道すがら、僕は馬車の中で航海に関する知識を披露した。
「王家の船は出航する時、風と光の魔法使いも連れて行くんだ。風を操り嵐の被害を防ぐ必要があるし、船内の病気やけがを光の魔法で癒すから」
「気象予報士と船医ってわけね?」
船医はわかるけど、気象予報士とは何だろう?
ニカは相変わらず、僕のわからない言葉を使う。
港に馬車が到着した。
今回は船の見学が目的なので、我々が来ることは公にしていない。港は閑散としていたから、ゆっくり見て回れる。係留された船はしっかりした造りで、真っ白な帆が目に眩しい。
船長の説明によると、今までの大型船の例に漏れず、竜骨部分には水の魔法石が埋め込まれているとのことだった。これは万一浸水した場合、魔法石の力で水を船外に排出するためだ。
動かない船を見学するだけなので、今日魔法使い達は来ていない。数の少ない彼らは日々忙しく、航海の予定を組むだけでも大変なのだ。彼らは出航に向けて、今頃大急ぎで抱えた仕事や依頼を片付けていることだろう。
船に近づくと、ニカがうっとりしたような声を出す。
「すごく立派な船ね。大型帆船とは聞いていたけど、想像以上だわ」
「来月頭の航海に備えているらしい。これで、我が国と他国との交易がますます盛んになるね」
「こういうのって、子供の私達で良かったの? 本来なら大臣クラスのお仕事なんじゃあ……」
「さあ? でも、船首の天使像が君に似て綺麗だから、招かれたのかもしれないよ?」
「天使は貴方でしょ。まったくもう、ラファエルったら。目が悪いわけでもないくせに」
僕の可愛い婚約者は、そんなことをぶつぶつ呟く。
我が国は、天使が地上に降り立ち建国したと言われている。そのため、旅の安全を祈って無事帰国できるようにと、船首像には天使が多く用いられるのだ。
ニカの言葉に一瞬ドキリとしてしまったが、彼女は僕の背中に羽があることを知らない。
案内に従いニカと二人で乗り込んで、船内を見て回る。同行しているのは船長と三人の船乗り、あとは町の名士と僕の護衛達。
「食料もたくさんあって、快適に過ごせそうですね」
「はい。長い航海に備えております」
このまま旅に出るのも悪くない。ニカと一緒なら、毎日新たな発見に出会えるかもしれないな。
そんなことを考えていたら、突然ガタンという大きな音がした。
「船が揺れている?」
僕は慌てて甲板に上がり、現況を確認する。やはり船は、岸からどんどん離れて行く。船乗り達はマストを目指して走るし、船長は急いで舵の所に向かっている。
「ラファエル様、何者かがもやい綱を外したらしいです」
「チッ、姑息な真似を」
護衛のクレマンの報告に、思わず舌打ちしてしまう。ただのいたずらか、僕の命を狙ってのことなのか。
けれど僕はもう、自分の命は自分で守れるし、これくらいのことでは動じない。
「ニカ、安全な所にいてくれるかな?」
僕は甲板に上がって来た彼女を、護衛に託すことにした。連れて来なければ良かったかな、と一瞬後悔する。
「いや、無事に港に戻ればいいだけのことだ」
その力も僕にはある。
幸いニカは、すぐ騒ぐ女の子達とは違って冷静だった。のん気にこんなことを呟いている。
「こんな場面、『ブラノワ』にはなかったのに……」
ニカ、怖がらないのはいいけれど、今はそれどころではないよね?
思わず笑いそうになった。
――やっぱり君は最高だ!
僕の意図を汲んだクレマンが、ニカを船内に連れて行く。これで遠慮なく、魔法を使うことができる。
大きな船は帆も広いため、陸からの追い風を受けて滑るように沖に向かっていた。帆を畳もうと慌てた声が聞こえるが、人数が少なく思うようにいかないらしい。
「そのまま、しっかり捕まっていて!」
マストに向かって叫んだ僕は、両手を伸ばす。後から尋ねられたら、祈っていたとごまかせばいい。習得した風の魔法が、こんな所で早くも役に立つとは思わなかった。
僕は岸に向かうよう、船の帆に風を集める。
「さっきまで追い風だったのに、急に向かい風? 奇跡だ!」
「このまま港に戻れるぞ」
「こんなに楽だとは、天使の祝福だ」
船乗りの声が風に乗って聞こえてくる。国が誇る船だけあって、雇われた彼らの腕も良かった。
思うように風を操れ、僕も満足だ。もちろん港に近づくにつれ、風を弱めることも忘れない。
船長だけは僕の魔法に気づいたらしく、無事に停まると走って礼を言いに来た。
「ラファエル様、ありがとうございました。せっかくご見学にいらしたのに、お手を煩わせて済みません」
「何のことですか? 船長の腕前を披露してもらえたので、僕の方こそ礼を言わなければ」
しきりに頭を下げる船長に、顔を上げるよう促す。こんなところ、ニカに見られでもしたら大変だ。
けれど、のんびり甲板に出て来たニカは、船長にこんな感想を述べた。
「見学だけでなく遊覧船……ええっと、船を動かして下さってありがとうございました。心から楽しめましたわ」
船長と僕は思わず顔を見合わせた。
どうやらニカは見学だけのところを、船長が好意で船を動かしたのだと思ったらしい。どうりで全く焦っていなかったはずだ。
でもニカ、よく考えてごらん。船長は僕らと一緒に船内にいたよね?
帰りの馬車でそのことを教えてあげた。
最近、車内が種明かしの場になっていると思うのは、僕の気のせいだろうか?
「あーそうだったの。私はてっきり……。でもまあ、食料はたくさんあるし、寝床もいっぱいあったわよ? いざとなれば船内で生活すればいいんだし」
「海に出て、君は怖くないの?」
「どうして? 悪役令嬢たるもの、そんなことくらいで怖がるはずないじゃない」
よくわからないが『悪役令嬢って便利だな』と思ったことは、本人には内緒だ。




