王子として 2
目的地までは馬車で向かうため、僕とニカは今、隣り合って座っている。彼女とゆっくり話せるこの時間が、僕は一番好きだ。
ニカは今日もこれから行く地域のことを調べて来たらしく、確認のため僕にいろいろ質問してきた。
「郊外だけど交通の要所でしょう? 河川の氾濫だなんて、住民たちは生活に困ったのではなくて?」
「そのため早く作業に取り掛かり、物資も補給した。一時的に渡し守も手配している。でもまあ石造りの橋に代わったから、当分壊れないだろう」
「石造り? すごい技術ね。それだと、維持するためにお金がかかるでしょう?」
「そうだね。だから支援の他、ゆくゆくは通行税を課そうとも考えている。だが、反発は必至でどうしたものかな」
反発と聞き、ニカは真面目な顔で考え込んでいた。税については僕も思う所があるけれど、彼女の意見を聞いてみたいような気がする。
――実際に橋を見たら、ニカは何と言うかな?
石造りの橋は灰色で、アーチ型だった。道幅はそこまで広くはないが、馬車でも通れるようになっている。架けるのは大変だったと聞いているし、ニカの言う通り維持にもある程度の費用はかかるだろう。
基盤となる部分に土の魔法石を埋め込んでいるので、そこまで脆くはないはずだ。
橋の周辺は緑も豊かだ。
どこからか鳥の鳴き声も聞こえてきて、のどかな気分が味わえる。
「さあ、渡ろうか」
「ええ」
僕はニカと腕を組み、出来たばかりの橋を歩く。
この地方には『天使の子孫である王族が関わると、天災が防げる』との言い伝えがあった。何代か前の王子が渡った別の橋が、壊れにくかったらしい。もちろん迷信だけど、渡るくらいで民が安心するならお安い御用だ。
景色を見るニカは案外楽しそうだし、僕らの後ろには護衛が控えている。安全でのんびりした雰囲気に、僕まで心が安らいでいく。
橋を往復した後、ニカは全体が見渡せる場所になんとなく歩いて行った。ところがある地点に立った途端、急に大きな声を出す。
「すごいわ! エル、見て! こんなことってあるのかしら」
公式の場なのに、いつものように「ラファエル」と呼ぶのを忘れて、異様に興奮している。
――ただの橋の、何がそんなにすごいんだ? 夕方の日差しがちょうど橋に当たって、綺麗とでも言うのかな?
僕もニカの隣に立って橋を眺めることにした。
「うん、普通の橋だね? 特別な物があるとは思えないが」
完成したばかりの橋を見るために集まっていた人々も、皆一様に驚いた顔をしている。そんな中、ニカだけが嬉しそうに大騒ぎをしているのだ。
まさか初めて橋を見た、なんてことは……。
「違うわ、橋じゃなくって川の方! ここから映る影を見て。ねえ、素敵だと思わない?」
僕はニカにぴったり近づくと、彼女の指差す先を見た。周囲の人々も同じように、橋の上ではなく橋の横を覗き込んでいる。
そうか、これは――。
「ハート、だね。君が言いたいのはそのことかな?」
「もちろんよ! さすが『ブラノワ』の世界だわ。演出が細かい」
いや、関係ないと思うよ?
ニカが言いたかったのは、橋の影のこと。黒い影が川に映り、この角度から見ると橋と合わせてちょうどハートの形に見えるのだ。ただの偶然だろう。
「本当だ、すごい! 言われるまで気づかなかった」
「朝見た時は普通の川だったべな。この時間になんねーと見えねぇのかも」
「今日だけか? 天使が祝福に訪れたから?」
集まっていた人々も、口々にいろんなことを言う。ほとんどの者が、嬉しそうなニカにつられて感動しているようだ。
初代の王は天使だったという伝承のため、この国の人々は、神より天使を信仰している。
本当に天使なら、ハートではなく羽の形では? と思わないでもない。まあ、ハートは愛情の象徴でもあるから、偶然とはいえ歓迎すべきことなのだろう。
「エル、さっきの答えがわかったわ! 橋の維持費は、観光で賄えばいいのよ」
「観光?」
「そう。ハートが出現する時間を調べて、観光客を呼び込めばいいの。恋愛成就のパワースポットとして、大々的に売り出すのよ!」
「ぱわーすぽっと? 売り出す? ごめん、ニカ。言っている意味がよくわからないんだけど」
「ええっと……」
僕の知らない言葉を使うニカ。
彼女の説明によると、付近に住む民以外のハート目当ての者を呼び込んで、その人達から通行証の料金や土産代を徴収し、維持費に当てればいいとのこと。
「『恋人達の愛を叶える地』として橋の評判を広め、通行証が愛の証明にもなるようにしたらどう? ハートの形の品物やお菓子をお土産として売り出すの」
「へえ」
「なんなら近くに教会を建てて、そこで結婚すると幸せになれる、っていう話まで作り出せば……」
「そうか。『恋人達の愛を叶える』っていうのは、いい響きだね」
「でしょう!」
得意げなニカだけど、最初に橋を通ったのは、君と僕。
――記録が永遠に残ることを、ニカはわかっているのかな? 婚約中の僕らがすぐに別れたら、ここの人々にがっかりされて、幸せな印象を損ねてしまうよね?
その点も含めて、ニカの案は非常に魅力的だ。
ちなみに僕は、税ではなく寄付を募ればいいと考えていた。生活に欠かせないものならば、住民に維持を託せばいいと。
しかしニカは、その先を行く。
橋一つでここまで思いつくとは、面白い。それも前世の知識を参考にしているのかな?
町では今後、ニカの意見を検討するらしい。彼女のおかげで住民達に感謝され、僕らは笑顔で送り出された。
「楽しかったわ」
帰りの馬車で笑顔のニカに、僕はあることを指摘してあげる。
「橋の通行証が、恋人の証明書?」
「そう、素敵でしょ!」
「だとすると、僕とニカが恋人第一号ってことになるね」
「……へ?」
自分の発言にようやく気づいたらしく、ニカは真っ赤になって照れ始めた。
「べ、別に貴方とどうこうってわけではないのよ。だって私は悪役令嬢だから。是非ソフィアと一緒に通ってあげて!」
まだそんなことを。
いい加減忘れればいいのに。
「ソフィアと? でも公式記録によると、王子の僕と婚約者の君が真っ先に橋を通ったことになるよね? そんな僕らがそれぞれ違う相手を伴えば、ここの人達はどう思うだろう。話を広めるどころではないと思うけど」
「……う」
唸るニカも可愛いな。
僕らが与える影響力は、考えもしなかったのだろう。
悪役と言いながら、他人を優先するニカ。その優しさで、王子の婚約者としてどんどん認知され、僕から逃げられなくなればいい。
そのため僕は、これからも積極的にニカを連れ回そうと思う。