王子として 1
12歳ともなると、魔法の扱いにも慣れてくる。今日も僕は、天宮にある魔法塔で師匠の指導を受けていた。
「机の上に小さな円がございます。その上に紙を一枚置いてください」
「こう?」
「そうです。では、その紙だけを火の魔法で燃やしてください。決して机は焦がさずに」
簡単なように思えた。
僕が手をかざした瞬間、紙が発火し勢いよく燃える。けれど、木製の机が焦げた上に、円の外まで黒くなり、燃え尽きるまで長くかかった。
「ほう、もう覚えましたか。しかも詠唱なしとは、ラファエル様はさすがですね」
「まだまだです。範囲を限定したのに、枠から出ました。師より時間もかかっています」
悔しそうな僕を見て、師匠が口を開く。
「自分に厳しいのも考えものですよ? 『瞬間的に灰にする魔法』と言えば聞こえはいいが、危険が伴うので慎重に扱わないと」
「わかっています。だからこそ鍛錬が必要で、貴方にお願いしたんだ」
「先ほどは風の魔法で、今度は火ですか。異なる属性だと別の集中力が必要ですから、休まれた方が良ろしいのでは?」
師匠の言葉に、首を横に張る。
「いえ、今日は時間を割けません。この後視察が入っているので」
「婚約者と一緒に行くのですね? なるほど。だから張り切って……」
「もう一度。次は成功させますので、見ていて下さい」
師匠を遮るように、意気込んで答えた。
魔法が使えたとしても、制御できなければ意味がない。高度な魔法を自由に扱えて初めて、一人前と言える。僕には多くの魔力があるから、有効に使うべきだ。
「待って下さい、ラファエル様。そんなに必死になって、貴方は何を目指しているのですか?」
「何って……」
他の属性に比べて火の魔法使いは若く、遠慮なく物を言う。師匠として、そこが気に入ってもいる。
王子である僕は、別に魔法使いになるつもりはない。自分の身を守り、国の役に立てればいいと考えている。
あとは、早く強くなって大事な人を守りたい。
「その年齢で多くの魔法を扱えること自体、脅威です。さらに増大させ、精度を高めることも無論可能でしょう。けれど、貴方は王子です。圧倒的な魔力で民を従わせることを、お望みなのですか?」
問われて僕は考える。
背中にある羽のため、僕の魔力は他人より多い。この国は、天使が地上に降りて建国したと言われているが、その初代の王と同じ特徴を僕は備えていた。すなわち、背中の羽と全属性の魔法だ。
せっかく授かったものを、有効活用しなければもったいない。ニカと婚約した後も、そう考えて魔法の修行を続けてきた。
けれど――。
羽のことは魔法使い達には内緒で、ごく一部の人間にしか教えていない。だが、羽がある上強大な魔法も扱えると知れば、人は僕をどう見るのだろうか?
――姿だけなら『天使』だが、それだと明らかに人とは異なる存在だ。
畏怖を感じる相手に、人は心を開けない。また、魔力が大きく敵う相手でないと悟れば、ただ従うしかなくなる。
強力な魔法を見せつければ、人を思い通りに動かすことは可能だけれど、それでは民の支持を集めたことにはならない。
圧倒的な魔力を扱う弊害。
善政をしようと心を砕いても、圧政だと受け取られてしまいかねない。魔法の精度や威力が高まるほど、自分で自分の首を絞めることになるのでは?
――師匠が言いたいのは、つまりそういうことだ。
「いいえ。僕は政のために魔法を使おうとは、考えておりません。でも、慌てて身につける必要がないこともわかりました。これからはほどほどに。引き続きご指導よろしくお願い致します」
僕の言葉に、火の魔法使いは嬉しそうに笑う。眼鏡に手をかけ、少し照れてもいるらしい。
「こちらこそ。あといくつ教えられるかはわかりませんが、聡い殿下ならすぐに覚えてしまうでしょう。ですがこの世は、圧倒的な力を快く思う者ばかりではないことを、肝にお命じ下さい」
「そうですね。師のおっしゃる通りかと」
「ただでさえ、魔法を使える者は限られています。能力でなく魔力で国を治めたと、勘ぐられることがありませんように」
「ご心配いただき、恐縮です。人前で気軽に扱わないように、気をつけますので」
「その方がいいかもしれませんね。せっかくの力ですから」
師匠も苦労したからこそ、適切な忠告をしてくれるのだ。僕は魔法を軽々しく披露するのはやめようと、心に決めた。
修行を終えて天宮を出た僕は、婚約者を迎えに行く。今日はこれからニカと一緒に、氾濫後新たに架けられた橋を見に行くのだ。
ニカは公爵家の玄関ホールで僕を待っていた。
完成したばかりの橋を歩いて渡るからなのか、薄緑色の動きやすそうな服を着ている。
袖と腰、腿に白いリボンが付いていて、裾は短め。そのため長めの白いブーツを履いた姿が可愛いので、思わず何度も見てしまう。
僕一人でもこなせる公務だが、婚約者という立場を利用して彼女を連れ回している。
――ニカといると楽しいし、時々鋭い助言をくれるから。
「ごめん、待たせたね」
「エル、お仕事はもういいの?」
「ああ。君も準備ができているようだし、すぐに出ようか」
「ええ」
魔法の修行は彼女に内緒で、単に仕事と言っている。師が教えてくれたように、全属性詠唱なしで使えるとわかれば、ニカも僕を恐れて離れて行ってしまうだろう。
――それだけは避けねばならない。
僕はただ、にっこり笑った。




