僕の可愛い婚約者 4
「突然呼び出されたので、着替える暇がありませんでしたの。ラファエルったら私がいないと寂しがるから、待たせたら可哀想だと思って」
ラファエルと強調することで「貴方もそれらしく振る舞いなさい」と暗に言っていることがわかった。
よりにもよって僕を寂しがり屋に仕立て上げ、彼女がいないとダメだと思わせるなんてね? まあ、意図したことと違いはないから、よしとしようか。
「寂しがるのはヴェロニカも一緒だよね? 大丈夫、何を着ていても君が一番綺麗だ」
冗談めかして本心を伝える。
飾り立てた女の子達より、そのままの君が一番美しい。
「ご冗談を。貴方には到底敵いませんわ」
彼女の言葉に苦笑してしまう。
綺麗だと言われ、僕が喜ぶと思ったら大間違いだ。だけど許そう。少しだけ赤くなった君の頬が、僕をいい気分にしてくれたから。
「ね? 言った通り、僕の婚約者はとても謙虚で素晴らしいでしょう? だから他に目がいかないんだ。ごめんね」
ニカは賢い。君達にその半分でも知性があれば、良かったのに……。
ひきつる顔のニカを横目で見ながら、僕は彼女に対してことさら優しく振る舞った。言葉の端々でニカを褒め、お菓子を取り分けてあげる。
「ヴェロニカ。君はこの焼き菓子が好きだったよね? はい、あーん」
「きょ、今日はあまり食欲がありませんの」
うろたえるニカはすごく可愛い。
照れる顔をもう少し見たくなった。
「そう。それなら僕もやめておこうかな。それとも君が食べさせてくれる?」
「ええっ!?」
ニカにばかり話しかけたせいだろうか? 女の子達は終始不機嫌で、茶会は早めにお開きとなった。僕が婚約者に夢中だと、印象づけられたのなら嬉しい。
ちなみにその後、ニカは僕を人のいない方へ引っ張って行った。
「どうしたの? 二人きりになりたいだなんて、随分積極的だね」
「なっ、何を言うの。そんなわけないでしょう? 始めから教えておいてくれれば良かったのに。急に呼び出すのはやめてよね!」
「ごめん、いつものことだし一人で対処しようとしたんだ。だけど、婚約者の君を見せた方が早いと思ったから」
「婚約者がいるのに、別の子達とお茶会をすること自体おかしいのではなくて?」
「彼女達が、議会に出席する親にくっついて来たんだ。今まで子守りは僕の役目だったし。もしかして、妬いてくれてるの?」
「まさか! でも、あんなこっ恥ずかしいセリフをエルに言う羽目になるなんて……」
僕をエルと呼び、ぶつぶつ呟く君はやっぱり可愛い。さっきのやり取りを思い出したのか、耳まで赤くなっている。
「だけどニカ、君のおかげでこれからは落ち着いて過ごせそうだ。婚約したのが君で良かった」
ニカがしかめっ面で頷く。
彼女は褒められるのに慣れておらず、スキンシップも苦手だ。
でも、まだまだ。まさかこんなもので済むとは、思っていないよね?
婚約者のニカが、僕の日常に彩を与えてくれる。
前世の記憶があると自分で言うだけあって、彼女は同じくらいの子供より格段に頭がいい。僕が調べ物のために天宮の図書室に行っても嫌がらないどころか、彼女は彼女で読書に熱中しているようだ。ニカは歴史や図説などに興味があるらしく、放っておいても何時間でも集中している。
読んだ本について対等に話ができるのも嬉しいし、近くにいてこんなにも落ち着く女の子は初めてだ。
その日も僕らは天宮の図書室にいた。
ふと思い立ち、議会で懸案事項だった街道の通行料について、彼女の意見を聞いてみることにする。それにはまず、我が国の税金体系について理解してもらわなければならない。僕は大人でも難しいとされる本を彼女に勧めることにした。
学術書はわざと難解な言葉で書いてあるのではないかと思う程で、普通の人は読むのにすごく時間がかかる。所々に専門用語が出て来るから、余計に大変だ。ニカもその度につっかえていたようだけど、僕に意味を聞いてくる。
彼女のすごいところは、わからないことを素直に認め、すぐに聞いてくるところ。そのため余分な時間もかからず、要点をおさえることができた。
「そんなわけで、王都に続く街道での通行税を一律にすると、払えない者が出てくるんだ。けれど、不公平では困る」
主要な道だし貴重な収入源だから、全く徴収しないわけにはいかない。そうかといって、収入の少ない町民たちから巻き上げるつもりはさらさらないのだ。不公平感がなく、文句が出ないようにするにはどうすればいいのか?
議会でも議論に及んだこの案件を僕に解決してみろと、国王である父は言う。だが、散々悩んでいたのがバカらしくなるほど、ニカの答えはあっさりしたものだった。
「それなら、馬車の大きさで金額を分ければどう? 豪華な馬車ならきっと裕福だし、払えると思うの。反対に徒歩なら徴収しない、とか」
なるほどね。彼女の言うことにも一理ある。少し補足をすれば、こういうことだ。
見栄っ張りな貴族達は、大きな馬車を使おうとするだろう。そのせいで、街道の通行料が大変だったと自ら大げさに広めてくれるかもしれない。税金を惜しみ小さな馬車に乗ろうとすれば、社交界で即座にバカにされてしまう。
反対に、平民でも裕福な者や自慢したい者達は、わざと馬車を使うかもしれない。
彼女が言うように、荷車や徒歩の場合など段階的に料金を決めるというのもいい考えだ。選択の幅を通行者自身に課すのなら、それを不公平とは誰も言わないのではないか。
そう思い至った時、称賛の言葉がこぼれ出た。
「そうか! すごいなニカは」
大の大人が幾日もかけ議論していたことを、彼女はたった一言で解決に導く。ニカは自分の視点で物事を捉え、一生懸命考えてくれた。「自分で考えれば」だとか、「王子だからできて当たり前」とも僕に言わないのだ。