僕の可愛い婚約者 3
ニカと視線がかち合う。
君は今、何を考えているの?
「だけど、周りには本物らしく見えるように振る舞わないとね? 人前ではラファエルと呼んでもらうし、婚約者としての務めもきちんと果たしてもらう」
僕はこの状況を、存分に利用しようと決めた。
「わかった。精一杯頑張るわ」
素直で可愛い君は、いったいどこまで理解しているのだろう?
婚約中は僕に繋ぎとめられたままで、他に行くことは許されない。呼び出されたら天宮に来なくてはいけないし、いついかなる時も王子である僕の正式なパートナーとして紹介されるのだ。
「それならニカ、約束だ」
彼女の手の甲に、願いを込めてキスを落とした。
――いつか君が、僕を好きになりますように。
まだ安心できないので、僕は早速彼女と交渉する。
「ソフィアへの意地悪を少なくしてほしい。あまり頻繁だと、僕達の婚約話が流れてしまう」
無理して悪役になろうとする君を、見たくはないから。だったら僕のせいにして、意地悪を減らせばいい。それに婚約前に悪評が立つと、話が立ち消えになってしまう。
ただでさえ彼女の父親は、ごく最近まで反対していた。こんな娘では嫁にやれないと、急に言い出すかもしれない。
ニカは今、暗い表情だ。
「どうしたの、ニカ。もしかして僕と婚約したくない?」
僕はしたいよ。君は違うの?
もしかして、まだ迷っている?
「そう言われたら、困るわね。善処する」
「ありがとう」
上からの物言いが、相変わらず彼女らしい。でも、後悔はさせないから。僕と婚約して良かったと、そのうち言わせてみせる。
「それなら、私からもいいかしら」
「もちろん、何でも言って?」
「女の子の恰好はもうやめて。いくらお似合いでも、おかしいわ」
「ニカったら、僕の話を聞いてなかったんだね。僕はさっき、女の子の恰好をさせられるのは十歳になるまで、と言った。これからは、普段通りの姿で出歩けるんだ」
「ずっと男の子の恰好ってこと?」
「恰好も何も、僕は男だよ」
似合うと言われて傷ついた。
僕は男だと発言した時の、彼女の複雑そうな表情にも。
イライラしながら、前髪をかき上げる。初めて会った姿が女の子だったから、そちらの方が強く印象に残っているのだろう。
僕を異性だとニカに意識させるのは、結構骨が折れそうだ。それならこれからは、男っぽく少し偉そうに振る舞ってみようか?
「そういえば、そんなことを言っていたわね。自分の身を守れるまでとか何とか……あ、魔法!」
言った途端、ニカは好奇心に満ちた顔を僕に向ける。
「ねえ、エルはどの属性の魔法が得意なの?」
「何だと思う?」
「火か風、かしら。イメージ的に」
「イメージ的? そう、そのことは本に書かれていなかったんだ」
「書かれてないというより、破れていたの。ちょうど読めなくって……」
「いつかわかるよ」
「あれ、教えてくれないの? さっき何でも言ってって、そう聞こえたけど」
得意な魔法の属性を聞かれた僕は、答えをはぐらかすことにする。
「言ってとは言ったけど、答えるとは言っていない。ニカの好奇心を満たすには、隣で見ているしかないようだね?」
魔法は普通一種類で、高位の魔法使いでも二種類が限度。でも僕は、五種類全てを扱える。突き止める頃には、君は僕の婚約者として周囲に馴染んでいることだろう。
形だけの婚約を本物にするため、まずは外堀を埋めていこうか。牢獄へ入れないと知った時の、君の慌てる姿が目に浮かぶ。この僕が、看守に負けるわけがない。想像しただけでおかしくて、思わず微笑む。
「これからもよろしくね、ニカ」
たぶん一生……僕は心の中で、そう付け加えた。
婚約式を無事に終え、ニカが正式に僕の婚約者となった。
「本物らしく見えるように」と言い含めておいたせいか、彼女はいつでも一生懸命だ。僕が呼び出せばすぐに王宮に飛んで来て、相手を務めてくれる。また、僕の両親にも気に入られているため、母主催の茶会にも何度か招かれていたようだった。
ずっと気が抜けないのも可哀想なので、僕らはある取り決めをした。すなわち愛称ではなく、『ヴェロニカ』や『ラファエル』と名前を呼んだ時にだけ、婚約者っぽく振る舞えばいいというもの。切り替えができるし、実に便利だ。
今日も僕は、天宮にニカを呼び出している。婚約したと知りながら、僕につきまとう女の子達を追い払おうと思って。彼女達は要職に就く侯爵や伯爵の娘だから、邪険に扱うこともできずに困っていたのだ。
家名の売り込みや、おしゃれの話はもううんざり。甘ったるい褒め言葉を並べられるのにも飽き飽きしている。くだらない話を我慢して聞くくらいなら、ニカの物語の方がよっぽど楽しい。
だから僕は、ラベンダー色のドレスを着て現れたニカを、満面の笑みで迎えた。彼女を紹介するために、隣の席を軽く叩いて促す。
「ああ、ヴェロニカ。待っていたよ。ほら、おいで?」
ニカを見て、女の子達が顔をしかめる。それだけならまだいいが、自分達より家格が上の僕の婚約者をバカにして、クスクス笑い出したのだ。
「王子様、この方が?」
「婚約されたとお聞きしましたが、まさかこんな方だとは」
「お召し物が随分……質素ですね」
しまった、と後悔する。
他にも人がいると、伝えておくのを忘れていたからだ。急遽開いた茶会とはいえ、その気になればニカは誰よりも豪華に装える。公爵は資産家で、その地位は伊達ではないから。
だけど、少し興味もある。
ニカはこの場をどう切り抜けるのだろうか?