僕の可愛い婚約者 2
僕はこれまでのことを、かいつまんで説明することにした。
「王家の人間には生まれつき魔力があって、大きくなると魔法を使えるようになるんだ。幼いうちは魔力のせいで成長が遅れるから、自分の身も守れない」
ニカは黙って聞いている。
「地位や魔法を利用しようと企む者達に、狙われやすいからね。外に出ると誘拐されるかもしれない。だから王家の……特に王位を継ぐ者は、十歳になるまで外出時には、女の子の恰好をする」
信じられないというふうに目を見開くニカ。
それだけ僕の女装が、完璧だったということか。なんだかちょっぴり複雑だ。
「ある日、僕は同い年の婚約者候補がいると教えられた。おとなしく自分の意見が言えないような子は苦手だし、王子の僕に遠慮したり逆に機嫌を取ろうとする子も嫌だ。どんな相手か気になって、こっそり見に行くことにした」
「それが私ってわけ?」
「そう」
ニカが首を傾けて、先を促す。
「宮殿内では王子として振る舞うんだけどね。女の子の恰好は一部の者しか知らないから、自由に動き回れる。まさか会うなり、弟子になれ、と言われるとは思ってもみなかったけど……」
「ご、ごめんなさい。だって、茶色い髪の女の子なんて、本には出てこなかったんだもの」
ニカは相変わらず、自分が本の世界に生まれ変わったと信じているようだ。まあそのおかげで、無事婚約できそうだからいいのかな?
「あら? 今は金色よね。髪の色って……」
「髪はかつらで、ドレスも外出用のものだ。十歳になって自分で自分の身を守れるようになるまで、正体を明かすわけにはいかなかった。そうはいっても、さすがに公爵にはきちんと話しておいたけどね?」
「な、なんですってーー! お父様ったら、そんなことひとっ言も……」
「もちろん固く口止めしておいたから。ニカのお義母さんだって知らないはずだ」
神妙な顔のニカ。
何か思うところがあるのだろうか?
「秘密を知る人間は少ない方がいい。本当は天宮の外に出ないのが一番なんだけど、それだと君に会えないし」
「君にっていうより、ソフィアに会えないのがつらかったのでしょう?」
「ソフィア? 今はニカの話をしているんだけど」
僕は首を傾げた。
どうしていきなりソフィアが出てくるんだ?
「それなら最初から、私を見に来たってこと?」
「そう。綺麗な子だと聞いてはいたけど、想像以上で驚いた」
「はい?」
ニカは謙虚で褒められるのに慣れていない。僕が思ったままを口にすると、眉根を寄せて考え込んでいる。たくさん褒めて慣らす必要がありそうだ。
「ねえ、エル。もしかして、私と庭で初めて話した時、ソフィアのことも知っていた?」
「そりゃあね、もちろん」
仮にも自分の婚約者候補に挙がった者のことだ。家族構成まで調べるのは、当然だろう?
「正直に答えてね。ソフィアのことは好き?」
「ああ。どうしてそんなことを? 君のことも好きだよ、ニカ」
「いえ、そういうのいいから」
将来義理の妹になるソフィアのことは、もちろん好きだ。けれど、君に向ける愛情とは違う。照れくさいけどそこまで言おうとしたら、バッサリ切られてしまう。
「もしかしてエル、今がっかりしている?」
「そうだね。冷たい婚約者で泣きそうだ」
久しぶりに会えて僕は嬉しいのに、君は喜んでいないの?
「優しい婚約者の方がいいのよね?」
「まあね。一緒に過ごすなら、優しい方がいいかな」
そりゃあ、好きな子には冷たくされるより優しくしてもらいたいと、普通はそう考えるよね?
だけど僕は、ニカが素直じゃないと知っている。一度に多くは望まないから、少しずつ僕を意識してもらえば十分だ。ニカ、婚約者としてゆっくり仲良くしていこう。
「あの……一応聞くけれど、私との婚約嫌だったりする?」
僕の言葉をどう受け止めたのか、ニカが見当違いなことを聞いてくる。
――ねえニカ、よく考えてごらん。嫌なら僕がここにいるはずないよね? もしかして、君は嫌なの?
でも、彼女が前世で読んだという本によると、ヴェロニカと王子であるラファエルとの婚約は、必須だったはず。それならわざと聞いてみようか。
「どうして嫌だと聞くの? 僕とニカは十歳の時に婚約する、だったよね?」
「覚えてたの! その、できることならこのまま……」
言いかけたニカは口を閉じると、自分の下唇を歯で噛み締める。前より赤くなったのは、このためか。そのままだと、愛らしい唇が切れてしまうよ?
「失敗したわ~」
うつむくニカの表情が見たくて、僕は下から覗き込む。困った顔も綺麗だ。
「ニカは僕と婚約したいの?」
「当たり前じゃない!」
当たり前だと言われて、笑みが浮かびそうになった。ほんの少しの期待を秘め、よせばいいのに僕は彼女に確認する。
「それは将来、大好きな看守と出会うため?」
「ええ、そう。水宮の牢獄に行かないと、ジルドとじれじれラブができないもの」
まだそんなことを――。
そう思ったが、顔には出さない。
しかし僕の不機嫌な様子を察したらしく、ニカはこんなことを言い出した。
「ごめんなさい、忘れて。貴方の嫌がることを、強要するつもりはないの」
この僕が、婚約の話をなかったことにするとでも?
「ねえ、ニカ。それでもいいと言ったら? 予定通り婚約しよう。ずっと一緒にいて、十八歳になったら婚約破棄、だっけ?」
「ええ。だけど貴方は私でいいの?」
「僕との婚約が、ニカの望みでしょう?」
ニカがうろたえている。
他の男性が好きだと宣言しているのに、僕が婚約の話を受け入れようとしているからだろう。
「あの、途中解約受け付けてないんだけど……」
「何それ? ニカの方が嫌がっているみたいだね」
「そんなわけないじゃない! 嬉しくって泣きそうよ。でもエル、本物じゃないってわかってる?」
「うん。形だけの婚約で構わない。ニカといると気が楽だし、面白いから」
もちろんその理由は嘘だし、形だけの婚約にするつもりもない。
だが一旦婚約してしまえば、あと八年は一緒にいられる計算となる。僕の言葉をよく聞けばわかったはずだけど、約束するのは婚約までで、破棄など論外だ。